● 召喚(失陥)

   0

名作も駄作も人に評価されて決まる。
そこに作り手の意思は介入しない。

   1

 気が付いたらぼくの目の前には美少女がいた。
 年の頃は十歳前後だろうか、その位の年齢の子だけが表現できるあどけなさを持っている。大きなクリクリとした目にシミ一つ無い肌に綺麗な形をした小さな唇をした可愛いいと綺麗どちらでも通じる顔、そして何より目を引くのはまるで雪の様に白いその髪だろう。触れれば本当に解けてしまいそうだ。十人中十人が認める美少女だ。

 その白い少女がぼくを見上げている。もちろんぼくはこの子とは友達どころか見たことも無い。どうして目の前にいるのかも分からないし、そもそもぼくがどうしてここ――そう言えばここは何処なのだろう?――に居るのかも分からない。

「…………」

 何だこれは?
 どういう状況だ?
 夢なのか?

 夢はその人の願望を投射すると言うけどぼくには年下趣味はないぞ。いやいや、これで実は年上なのかもしれない。何せ見た目で年齢を計ってはいけないなんて言う例は幾らでも見てきている。

 しかし夢にしては目の前の白い少女もひどく困惑している様子だ。まるでプレゼントの包みを開けたら訳の分からない代物が入っていた時のような驚きと拍子抜けと言う相反する感情が綯い交ぜになっている様な顔である。

 実の所、この手の表情はよく見る。依頼人がぼくを見た時、相手はほとんどこんな顔をしている。
 ふむ、そうなるとこの目の前の美少女は依頼主で、ぼくはまたいつものように依頼内容を聞いている間に考えに没頭してしまったのだろうか。
 いや、それもおかしい。いくらなんでもその前後の記憶までないと言うのはありえないだろう。それともぼくの記憶力はついにそこまで故障してしまったのだろうか。だとすれば今度医者に検診して貰わなければなるまい。
 そんな事よりも今はこの状況を把握することが先だろうと思い立ち、ぼくが恥を忍んで目の前の白い少女に問い質そうとしたら、先に向こうの方が口を開いた。

「あなたが私のサーヴァント、で良いのかしら?」
「サーヴァント?」

 従者とはまた妙なことを言う。確かにぼくは人から依頼を受け、雇い主のために働くが、それで従者だというならこの世の半数は従者か奴隷で占められてしまう。
 もっともこの二つの違いなんてのは酷くいい加減なものだ。
 従者は自分の意思で誰かのために。奴隷は思考を放棄して誰の為にでもなく。果たして今のぼくはどちらであって、どちらでないのだろうか。或いはどちでもあって、どちらでもないのか。

「戯言だけどね」
「聞いてるの? あなたは今回の聖杯戦争のために呼び出されたわたしのサーヴァントなのかしら?」

 ぼくが一向に返事を返さないので、さすがに焦れたのか白い少女が語気を荒げて問い詰めてきた。お陰でこちらも質問する切っ掛けをもらえた。

「聖杯戦争って何?」

 白い少女は、ぼくの質問に――考えてみたら質問に質問で返すとは随分と失礼な事をしてしまった――呆けた顔になったがすぐに全身を小刻みに震えさせ、顔は赤く染まり始めた。そして次の瞬間には弾けた様に大声で喚き散らしていた。
 子供はやっぱり元気に大きな声を出してる姿が自然だ、とぼくは思った。
 何はともあれ、これが全く事情の分かっていないぼくと、そのマスターである白い少女イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、イリヤちゃんとの大失敗な初対面だった。ぼくの人生振り返ると初対面の時は必ず失敗しているのだから、いつも通りの出会い方なのだと思う。

 聖杯戦争。

 イリヤちゃんから教わったところによると、聖杯と言うどんな願いでも叶えてくれるモノを手に入れるために、七人の魔術師とその使い魔たちが争うお祭りらしく、ぼくはそれに参加する使い魔として呼ばれたらしいのだが、この使い魔と言うのが普通思い描く猫とかカラスとかの使い魔とは違って、なんと英雄と呼ばれた人たちの事らしい。

「…………」

 それはすごい。
 驚きだ。
 ファンタジーだ。
 イッツ、エンターテイメント。
 …………。
 ただし荒唐無稽と言い切れないのが困りものだ。
 とにかくぼくもその一人として呼ばれたらしい。
 英雄?
 ぼくが?

「正真正銘戯言だよ」

 力無くぼやく。
 しかし本当にぼやきたいのはイリヤちゃんだろう。現に今もぼくを凄い恨みがましい目で見ている。
 そんな目で見られてもぼくの責任でもないし、ぼくにはどうしようもないのだが、そうしたい気持ちも分からないでもない。
 そんな大事な役割にぼくのようなのを呼び出してしまうなんて、本当に不運だ。

「ヘラクレスをバーサーカーで呼び出すはずだったのに、何であなたみたいな頼りないのが出てくるのよー!!」

 そんな超有名な英雄と比べられても困るし、ぼくなんて狂戦士どころか狂言廻しがせいぜいだ。
 イリヤちゃんは散々喚いた後、こちらを音がなりそうな勢いで指を差して睨む。いいトコの育ちっぽいが、人を指差しちゃいけませんとは習わなかったのだろうか。

「こうなったら間違いでも何でもあなたがサーヴァントとして呼び出されたからにはしっかりと役に立って貰うわよ!」
「分かったよ。 出来得る限り協力しよう。 他にやることも無いしね」

 ぼくはしっかりと頷く。
 この勇ましい女の子に負けないよう精々格好付けて答えよう。

「それに君みたいな可愛い女の子のためなら、そう悪い気もしないしね」

 こうして戯言遣いは白い少女のサーヴァントとなった。

   2

 ぼくらは聖杯戦争の舞台である日本に向かった。
 そんな大きな催しがよりにもよって日本で行われると言うのには驚かされた。何でもこの祭りの開催者三人のうち二つの子孫が日本のその街に根を下ろしているらしい。残り一つはぼくを呼び出したアインツベルンとの事だ。
 それだけにこのイベントに対する執着は並ならぬモノらしく、ぼくの様なモノを呼び出したことで当然の様に一波乱も二波乱もあった。
 そしてその殆どはイリヤちゃんへと向けられた。
 最初は落胆。
 その後は憤り。
 冷たい目で見下す者も居れば、言葉汚く罵る者も居た。
 父親同様、我らの期待を裏切るのか。
 最初の一手からしくじりおって、失敗作め。
 …………。
 正直、聞くに堪えなかったが、それでもイリヤちゃんは耐えていた。
 大人たちの仕打ちを、老人達の罵声を、その小さな体で受け止めていた。
 ならばぼくがどうこう口を挟むのは筋違いだろう。
 それにその罵倒の言葉の中から新しく分かったこともある。
 どうやらイリヤちゃんの父親はこの家と何らかの因縁があるらしい。それもかなり根深いもののようだ。家を出て行った放蕩息子とか、娘と共に駆け落ちした相手とか、そう言うありきたりなものではなさそうだ。
 そしてもう一つ、父親と同じくらい数多く彼らの口から発せられた言葉。

 失敗作。

 その言葉はある目的のために製造されたモノがその目的を果たせなかった時に使われる言葉だ。
 そんな言葉がイリヤちゃんに対して使われている意味を考えると心が重たくなる。
 思い出したくも無い過去が頭を占める。
 思い出すまでも無い罪悪が心を絞める。

「…………」

 だから筋違いだと分かってもいても口を挟んでしまった。
 連中の精神をズタズタに引き裂いてやろうと思った。
 連中の意図をジグザグに切り裂いてやろうと願った。
 実際にそうしてしまうのは簡単だろう。ぼくにとっては造作も無い。今まで何度も何度もやってきた事だ。
 こんな事を考えてしまうあたり、狂戦士の変わりに呼び出されただけあって、確かにぼくは狂っているのだろう。それはいい。そんな事は今更だ。ぼくが狂ってるなんてのはとっくに分かりきってることだ。自身の異端を自覚している。

 だからこそぼくは、そんな真似はしなかった。

 自分の異形を自覚しているからこそ、
 ぼくにはそんな事は出来なきない。
 結局ぼくはいつもの様に状況を有耶無耶にした。
 彼らの落胆を茫洋にした。
 彼らの憤りを曖昧にした。
 その場は誰もが納得など無いまま、彼もが満足など無いまま、さながら狐につままれた様な――まったく我ながらなんて比喩だ――気分でお開きとなった。
 もちろんイリヤちゃんも納得も満足もしている訳が無く、「話にならない位弱いくせに、口先だけは達者なのね」と言われ、「こんなに頼りにならないサーヴァントがいるなんて知らなかったわ」と呆れられてしまった。
 そんな事を言われてもぼくの武器は今も昔もこの口先から出てくる言葉だけし、彼女の言うとおり、お話に登場できないくらい弱いのだから頼りにされるのも困る。

「そう言う訳だから頼りになんかせずに、協力してくれ」

 ぼくの言葉にイリヤちゃんはさらに呆れた顔をしてしまった。
 そんな感じに色々ありながらぼくらは日本に旅立ったわけだが、ぼくとイリヤちゃん以外にも同行者がいた。それはそうだろう。イリヤちゃんみたいな女の子を一人で異国の地に送る訳にも行かない。だから身の回りの世話をする人として二人のメイドが同行することになった。
 二人が着ているメイド服は一般のイメージにあるエプロンドレスとは違い、それよりも幾分か動きやすそうな、実用性を向上させた服だったが、これはこれでなかなか斬新で大変よろしいと思われる。そもそもぼくはメイド服が好きなのではなく、メイドという存在を尊敬しているのだ。服装など、そんなものは結局のところ瑣末な問題で、心がけの違いである。
 …………。
 いや、戯言だけどね?
 とにかく、その二人のメイドさん、リーゼリットさんとセラさんも同行することとなった。
 この二人との人間関係も問題がない訳でもないが、概ね良好だろう。
 道中も色々とトラブルに見舞われたけど、どうにかこうにか日本にたどり着いたぼくらが最初に向かったのは、当然と言えば当然だが、滞在期間中ぼくらが、と言うよりもイリヤちゃんたちが住むことになる場所に向かう事だった。何でもこの地にはイリヤちゃんの実家であるアインツベルンが所有する建物があるらしく、聖杯戦争中はそこで過ごすのが慣わしとなっているとか。平気で他所の国に建物を所有していると言うあたりがさすがはお金持ちである。さぞかしその建物とやらも立派なのだろう。  街の中心部から外れ、郊外に出て、森の中を抜けていくと目の前に現れたのは

 お城だった。

 見事なまでにお城だった。文句の付けようも無いほどにお城だった。誰がどう見ても完璧にお城だ。
 確かにこんなものは街中には建てられないだろう。

「何してるの? 早く入るよ」

 イリヤちゃんに促されてお邪魔した中も豪華なものだった。実は外のお城は張りぼてで裏に本当の建物が在るんじゃないのかと密かに抱いていた疑念は、物の見事に粉砕された。

「聖杯なんかよりこう言う貧富の差がどっから生まれるのかの方が、ぼくにとってはよっぽど不思議だな」
「どちらも人が創り出したモノと言う意味ではどちらも変わらないのかもね」

 そんな事をすまして言うイリヤちゃんに、なんとなくお株を奪われた気分になった。





   ● 宣戦布告(舌戦地獄)

   0

運命の歯車が動き出す?
止まってるときなんてあったのか?

   1

 聖杯戦争が本格的に始まる前にぼくらにはやらなければならない事があった。
 一つはこの土地の把握。戦闘を行うのにその場所を知らないなんて言うのがどれほど愚かな事かはわざわざ語るまでも無いだろう。もっとも今までのぼくの人生は右も左も分からない場所に放り込まれ、厄介ごとに巻き込まれてばかりだったけど。
 今回だってそうだ。 サーヴァントには保有スキルというのがあるらしいが、ぼくが何も知らずに呼び出されたのもそういうスキルがあるせいかもしれない。
 なんて迷惑な上に要らない能力なんだ。

「ちゃんとバーサーカーを呼び出していればこんな真似しなくても良かったのに」

 イリヤちゃんは度々そう愚痴を漏らした。
 そんなイリヤちゃんにぼくは「まあ、失敗なんて誰にだってあるよ」と言ったところ怒られてしまった。
 何故ぼくが呼び出されたのかは今もって不明だった。狙ったサーヴァントを召喚するにはそれなりの下準備が必要らしい。その中でも大きなウェイトを占めるのが呼び出したい英雄に所縁ある品を用意することらしい。
その全てを揃えて万全を期して挑んだはずの召喚は失敗。
ぼくの様な何とも情けない奴が出てきてしまった。
 考えられる可能性は召喚の際にイリヤちゃんが、もしくはその近くにぼくに所縁のあるモノがあったという事だが、遠い異国の地で果たしてそんなものが存在するのだろうか?
 ちなみにぼくは霊体とか言うのではなく、実体化とやらをしている状態だ。ぼくみたいなのは実体化していてもどうせ目立たないからとか何とか。ぼくみたいなキャラの薄い奴がさらに姿が見えないと完全に忘れ去られそうなので、この処置はありがたい。それにぼくには霊体化のやり方も分からないのでやりたくても出来ないって言うのもあるんだけど。
 それと普通は呼び出されたサーヴァントは正体がバレないように、そのクラスを呼称として使うらしいのだが、ぼくが一体何のクラスなのか分からないし―バーサーカーではないだろうが、候補だけならいくつかある――ぼくの本名なんてどうせ誰も知らないだろう、と言うかイリヤちゃんにも教えてないので、いつもどおりニックネームで呼んでもらおうと、ぼくがニックネームを提示したが、どれも気に入らなかったようだ。
 当たり前だ。 ぼくだってどれ一つとして気に入っているニックネームは無い。
 結局イリヤちゃんはぼくのことを「ライアー」と呼んでいる。意味はうそつき、ペテン師………あんまりだ。

「…………」

 それにしてもさっきからイリヤちゃんの様子がおかしい。上機嫌なのか不機嫌なのか、足取りが軽いのか重いのか、いまいち掴めない。分かるのはイリヤちゃんにとって重要かつ長い間待ち続けた何かがあるという事だけだ。
 イリヤちゃんは何かを発見したようにその表情を動かした。視線の先を追ってみると、この辺の高校生だろうか、赤みが掛かった短めの髪を逆立てた少年が歩いている。この年代の男の子にしてはやや小柄ではあるが弱々しい印象は受けない。愛想の無い表情だが悪人面というわけではない。むしろ善人面だろう。何となくあの表情は普段気苦労しているためじゃないかと言うイメージを受ける。
 ぼくがいつものように相手のことを観察している間にイリヤちゃんはその男の子の元に駆け寄っていた。知り合いなのかと思ったが相手の顔を見る限りそう言う訳では無いらしい。そもそもこの国に来るのが初めてのイリヤちゃんに知り合いがいるとも思えない。
 イリヤちゃんは男の子に近づくと何事か囁いたが、生憎ぼくからでは何を言ったのか聞こえない。
 そして男の子の方は、どうやら何を言われたのか分かっていないようだ。
 イリヤちゃんは構わずそのまま通り過ぎて行ってしまった。見失うわけにも行かないのでぼくもその後を追っていく。

「こんにちは」
「え、ああ、こんにちは」

 通り過ぎるときにぼくも挨拶をすると、むこうも返してきた。いきなり見ず知らずの相手に声をかけられてこの反応、やっぱり良い人なのだろう。

「さっきの子のお兄さん?」
「そう見える?」
「いや、あんまり見えない」

 イリヤちゃんみたいな可愛い女の子と、ぼくみたいな冴えない男が身内だなんて誰も思わないだろう。
 事実違うわけだし、彼女がぼくにそこまで気を許してくれているとは思えない。残念ながら。
 幼女を連れ回している怪しいお兄さんと見られないだけ良しとするべきだろう。

「あの女の子はぼくのご主人様だよ」
「え、ご、ご主人?」
「結構長い付き合いなんだけどね、ぼくがワーグナーの”ニュルンベルクのマイスタージンガー”を口笛で奏でながら寝ているところをたまたまあの子が通りかかってね、一目で気に入られちゃったって訳なんだよ。 ぼくのほうも可愛い女の子に気に入られて悪い気はしないし、美少女の傍に居ることを嫌がる男も居ないだろ、こうして今では彼女に甲斐甲斐しく尽くしているって訳さ。 実際悪くは無いよ。 確かにちょっと我侭ではあるけど、それに付き合うのも良いもんだしね。 意外と甘えん坊でね、良くぼくにおんぶや肩車をせがんでくるんだ」
「は、はあ、そうですか」
「おっと、他人事のように言うけど、自分とは関係ないと言うような反応だけど、残念ながら君にとっても他人事じゃないし関係無いなんてことはこれぽっちも無いんだからね。 何せ君も彼女に気に入られたようなんだからさ」
「は? え?」
「近いうちに黒ずくめの男が君の事を迎えに来ると思うけど下手に抵抗しちゃだめだよ。そんな事したら痛い目にあうからね。 下手をしたら物言わぬ、物を考えぬお人形さんとして仕える事になってしまうかもしれないんだから。 そんのはお互いにとって面白くないだろ?」
「いや、ちょっと待ってく……」
「これからはぼくらは同じ主を持つお仲間ってわけさ。 そう言えば君は何て名前なのかな?」
「え、衛宮士郎だけど」
「それじゃあ士郎くん、せっかくだから同じ主を持つ者同士友達になろう。 まだこの土地には不慣れでね、友達が居なくて少し寂しかったんだよ。 でも、それも士郎くんのお陰で解決だ」

 ありがとう、とぼくは礼を言った。

「じゃあ、そろそろ追い掛けないといけないからぼくは行くとするよ」

「縁が合えば近いうちにまた会おう」

 後ろから士郎くんが呼び止める声が聞こえてきたが、これ以上時間を潰すとイリヤちゃんに怒られそうなので、無視して足を速めた。
 追いつくと案の定イリヤちゃんはご立腹だった。

   2

 突然ですが哲学の時間です。
 今更語るまでも無い事だが人の文化の歴史から宗教は切り離せないモノになっている。 人が自らをこの地上の覇者だと名乗りはじめた――何を持ってそう思ったのかは甚だ疑問だが――頃には既にそれは人間社会に浸透していた。 そこまで人間社会に溶け込んだ最大の理由の一つが、人間がこの地上の覇者などと言う一因であろうそのちっぽけで脆弱な脳髄の発達が生み出した不安を紛らわす為である事は疑いようも無い事実だろう。 かつて「頂点はバランスが悪い」と言った人がいたが、結局のところ人間は自分たちが頂点に立った事による不安のために自ら自分たちより上位の存在を求める事になった。
 ぼくが言いたいのはその良し悪しでもなければ、ましてや氾濫している宗教問題でも無い。 既に宗教や神様などと言うのは、人間が自分たちの不安を紛らわせるために創造したものだと分かっていながらも、それでも縋り、果てにはそれが原因で争いまで起こし始めるその戯言加減だ。
 不安を紛らわすためのはずだったソレはいつの間にか新たな不安の種になり、不安だから拠り所を欲しているのか、拠り所が欲しいから不安を望むのか、それすらも曖昧だ。まるで自身の戯言に遣われている戯言遣いの如き惨めさだ。
 本当に天に神様がおり人間たちの様子を見ているのならば、さぞかしぼくら人間のその様は滑稽であろう。
 人間が自身の不安を解消するべき創り出したはずなのに、いやそれだからこそ、宗教は全てを許容しながらも憎悪と嫌悪と悪意と殺意と禁忌と狂気と幻惑と誘惑と没落と堕落と理想と暴走と恐怖と呪詛と怨嗟を望んでいる。
 だから神の家とも言われるこの教会に怨嗟と呪詛と恐怖と暴走と理想と堕落と没落と誘惑と幻惑と狂気と禁忌と殺意と悪意と嫌悪と憎悪の望みながら全てを許容する目をした男がいても、不思議ではないのかもしれない。

「承知した。 君たちの聖杯戦争の参加を受理しよう。 正直君たちアインツベルンがわざわざこうして申告しに来るとは思いもよらなかったな」

 そう言ってその男はぼくらを見た。その目はぼくらの心の中を、その闇を覗き込むような目だった。それが神父としての仕事上身についたものなのか、それともこの男の生来のものなのかは分からないが、どちらにせよ気分の良いものではない。
 特にぼくのように罪に埋もれた者にとっては。

「それにしても今回は、アインツベルンも随分と面白いサーヴァントを引き当てたものだ」

 だと言うのに、この男はぼくからその視線を外してはくれない。
 言葉どおり、何が面白いのかぼくを見て彼は薄っすらと笑う。
 その笑みは断じて親しみの沸く笑みではない。
 寒気が湧き上がる笑みだ。

「サーヴァントとして化け物どもが呼び出されるのは当然だが、まさかこれ程の異形が呼び出されるとはな」
「初対面の相手に失礼ですね。 他のサーヴァントがどうだかは知りませんけどぼくなんて何の取り柄もない平凡な奴ですよ」
「何の取り柄もない平凡なサーヴァントって言うのも聞いたことないけどね」

 イリヤちゃんが痛い突込みを入れてくるがここは無視の方向で。

「大体まだろくに会話もしていないあなたに何でそんなことまで言われなきゃいけないんですか? 勝手に人の内面を悟った気で喋らないでください、そう言うのって不愉快ですよ。 それともぼくの外見が異形なんですか? そっちに関してはそれこそ何の特徴もないありふれたもんだと自負してたんですけどね」
「無論、私が言っているのは君の内面に関してだよ。 外見は君の言うように何の特徴もない。 人に君の外見を説明するのが非常に困難なくらいにな。 それはそれで一種の異様だとも言えるがね。 とにかく私が言っているのは君の内面にある」

 君にとっては不愉快だろうがな、と神父は哂う。

「これでも職業柄様々な人間とその罪深さを見てきたがその中でも君は格別だな。 かと言って、今まで見た中で一番悪辣な罪という訳でもなければ、一番醜悪な罪というわけでもない。 何と言えばいいのか、そう、

人間の持つ全ての罪を持っている

――とでも言えばいいかな」

 我ながら上手い表現が見つかったという風に言う、相変わらずの覗き込むような目で。
 すでに寒気を通り越し怖気が走る。

「………随分と、大袈裟な評価、ですね。 今までにも似たような評価は受けたことありますが、それにしたって随分じゃないですか。 ぼくも自分の罪深さを自覚してますけどね、それに対して面白いは酷いでしょ。 まったく、どいつもこいつも面白い面白いって、人を漫画みたいに言わないでください。 大体、あなたは神父なんですから人の罪深さを面白いなんて言うべきじゃないでしょ。 それともそんなのはぼくの偏見で実際には神父って言うのは人が罪で苦しんでいるのを聞くのが趣味の劣悪な人種のことなんですか」
「きみの言うとおりだ。 きみが望むならばきみの罪を懺悔を聞こうではないか。
 ここでは人やサーヴァントなどの枠組みに囚われる必要もない、己が罪を告白し許しを求めるがいい」
「お断りします。 自分で言い出しておいて失礼だとは思いますけど、ぼくには自分の罪を他人に教えるような露悪趣味はありませんし、ましてや罪を許してもらおうなんてつもりはありません。 罪を犯しながらそれを許してもらうなんて、ぼくにはとてもじゃないけど耐えられそうにない」

 ぼくの言葉に一瞬、神父はつまらなそうな表情を浮かべるが、すぐに感情の読み取れない顔になる。その顔はまるで死人だ。

「では、もう用も無いだろう。 そうそうに立ち去りたまえ。 君らとてこのような所で時間を潰している暇もあるまい。  まだ参加者全員が集まったわけでは無いが、それでもやることがあるだろう。
 何せサーヴァントがその性質はとにかくとして性能は最低ランクのようだしな」
「そうね、残念だけどあなたの言うとおり彼の性能は希少価値があるくらい低いわ。 それでも私が呼び出したサーヴァントを他人に貶されるのはあまり気分の良いものじゃないの。
 監督役は監督役らしく余計な事を言わずに黙っていたらどう」

 今までぼくらのやり取りを黙って聞いていたイリヤちゃんが毒舌を振るう。 イリヤちゃんからすればぼくのようなのを呼び出した自身の失敗を言われているようで不愉快なのだろう。

「行くわよライアー、こんな所にいても何の得も無さそうだから」

 イリヤちゃんはさっさと出口に向かってしまった。
 ぼくも慌ててその後を追うが、最後にもう一度神父に振り返る。 黙って見送っていた相手と互いに目が合う、互いに相手を見ているかは分からないが、目が合った。

「最後に一つ聞いても良いですか?」
「構わんよ、答えられるかは別で良いならな」

 ぼくは質問を口にする。

「あなたの望みは何ですか?」

 神父は怪訝そうな表情を浮かべるが、特に裏がある訳ではないと判断したのかうっすらと笑う。

「そうだな強いてあげれば、君には断れたが、全ての人間の苦痛を聞くことだな」

 それは実に聖職者らしい答えだった。

「ありがとうございます」

 今度こそぼくも教会を後にする。
 もう振り向かなかった。





   ● 接敵行為(積極好意)

   0

殺し合え。
生き延びた奴が犯人だ。

   1

 イリヤちゃんによると、つい先程に最後のマスターがサーヴァントを呼び出したらしい。それに今から会いに行こうという訳だ。イリヤちゃんはどうしてもそのマスターには会っておきたいらしい。
 ぼくには何の事前情報も無いが、それは別に構わない。ぶっつけ本番はいつもの事だ。
 こちらは顔見せの挨拶だけだ。争うつもりは無い。向こうが勝負を挑んできても受けて立ってやるものか、勝負そのものを無効にしてやる。それがぼくのやり方だ。

「いた」

 イリヤちゃんの声に導かれ視線の先を見ると、確かに三人の人影が坂の下でなにやら話あっている。
 一人はこの夜の闇の中でも映える赤を基調とした服の女の子。やり取りの内容までは分からないが、何となく気が強そうに思える。 知り合いの女性を思い出す。
 二人目は黄色いレインコートに身を包んだ小柄な人物。前はきっちり閉められて、フードも目深に被ってるので男か女かも分からない。当然だが今は雨は一粒として降っていない。こちらも知り合いの女性を連想してしまった。
 三人目は知った顔だった。どうやら彼が最後のマスターらしい。
 まあ、そのなんだ、最低限、縁があったわけだ。

「ねえ、お話はもう終わり?」

 三人の話が途切れたのを見計らって、イリヤちゃんが声をかける。
 その声は普段のソレとは違い、無邪気で幼く、まるでイリヤちゃんの故郷のような冷たい響きの声だ。
 これが彼女の魔術師としての姿のなのだろう。

「こんばんはお兄ちゃん。 こうして会うのは二度目だね」

 最後のマスター、士郎くんは純粋に戸惑った様子だ。残り二人は戸惑いと警戒が半々といったところだろう。
 このとき分かったのだが黄色いテルテル坊主さんはレインコートの下にどうやら中世の騎士のような甲冑を着ているようだ。つまりあのテルテル坊主さんは二人のうちどちらかのサーヴァントで、あのレインコートは鎧姿を隠すための措置のようだ。
 まあ、純粋にそういう趣向のファッションという線も決して無くは無いだろうが、そうそうあるもんでもないのでその可能性は無視してもかまわないだろう。
 イリヤちゃんはそこら辺の事は完全に無視して、スカートの裾を軽く摘み行儀良くお辞儀する。

「はじめまして、リン。 私はイリヤ。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

 その言葉に赤い少女、リンちゃんが身を強張らせる。
 やはりアインツベルンの名前はかなりのネームバリューがあるらしい。
 警戒が最高値に達するのが分かる、がしかし、それと同じように比例して困惑も最高値に達しているようだ。それも仕方ない事だろう。なにせそんなのの横にぼくのような平凡なやつが突っ立っているのだから。

「えっと、それでそっちのソレがアインツベルンのサーヴァント?」

 リンちゃんの質問にイリヤちゃんはほんの一瞬、ほんの僅かに、しかし最大級の拗ねた表情を浮かべる。
 いや、本当にイリヤちゃんには申し訳ないと思っている。

「ええ、そうよ。 彼が私のサーヴァントよ」

 なんだかヤケクソ気味に言うイリヤちゃん。
 しかしぼくがどんなに情けない平凡なやつだとしても、サーヴァントと分かったからには排除すべき敵と認識したらしい。テルテル坊主さん、否、すでにレインコートは外されその威風を隠すことなく曝け出した騎士が二人の前に出る。
 小柄だとは分かっていたが、どうやらその騎士は少女のようだ。だがやはり、少女以前にソレは騎士だった。
 威風堂々としたたち振る舞い、凛とした雰囲気、斬り付けるような視線、その小柄な体から発せられる圧倒的な威圧感、絶対的な存在感。それらが何よりも雄弁に彼女が何であるかを示している。
 見る限りにおいては何の武器も所持していないが、その姿は確かに剣を構えている。何のハッタリでもなく彼女はその不可視の刃でぼくを切り裂くだろう。彼女にはやると言ったらやる凄みがある!
 対してこちらは戦々恐々とした立ち振る舞い、怯えた雰囲気、彷徨う視線、威圧されて縮こまった体、相手に飲まれて希薄な存在感。それらが自身の情けなさを教えてくれる。
 勝負になどならない。勝負など成立しない。圧倒的だとか、一方的だとかそういう問題じゃない。はじめからぼくと彼女とでは立っている場所が違う。

 ステージが違う。

 当然だ。相手はぼくとは違い本物の英雄なのだ。そんなのと同じステージに立てるものか。
 そもそもぼくは同じステージに立つつもりなど、ない。
 ぼくはぼくのステージで相対する。相手にこちらのステージに下りてきてもらう。
 無理矢理引き摺り下ろすのではなく、相手の自身の意思で。
 それが最弱たるぼくのやり方だ。

「あんた、サーヴァントだったのか」
「うん、どうしてかそういう事らしい。 そう言う士郎くんもマスターだったんだね」
「ああ、俺もよく分からないけど、気がついたらそう言うことになってた」

 つまりぼくらと出会ったときには、自分がマスターなどとは知らなかったということなのだろう。あの後色々と、本来ならそんな簡単な言葉で片付けられるものじゃない事があったに違いない。

「何? 衛宮君、あのサーヴァントと知り合いなの?」
「いや、知り合いって言うか、なんと言うか」
「ぼくと士郎くんは友達だよ」
「「は?」」

 この緊迫した空気にそぐわない素っ頓狂な声が上がる。無理もないけど。

「どういうこと? ライアー」
「どういうことも何も、そのままの意味さ。 こないだ会ったときにね、少しおしゃべりしたんだけどすっかり意気投合しちゃって」
「追いついてくるのが遅いと思ったら、そんなことをしてたの」

 呆れたような非難するような顔のイリヤちゃん。
 確かに従者が主に何の報告もしてなかったのは問題かもしれない。
 だから今更ながらぼくはありのままを話す。

「うん、本当はすぐに追いつくつもりだったんだけど、士郎くんがイリヤちゃんの事をどうしても詳しく知りたいってしつこいくらいに言うからさ、そうもいかなくなったんだよ。 もちろん最初はぼくだってそうペラペラ喋る訳にはいかないって言ったんだけど、それでもって聞かなくてさ」

 参っちゃったよ、とそのときの事を思い出しながらぼくは語る。

「そこまで熱心に言われちゃあ、こっちも無碍には出来ないからね。 ぼくはとりあえず、なぜそこまで拘るのか理由を聞いてみたんだ。いや、理由を聞いてぼくも驚いたよ。なんと士郎くんはイリヤちゃんに一目惚れしたって言うんだから」

 ぼくの語る内容に他の三人も驚いたようだ。

「な」

 と騎士の少女が、

「ん」

 とリンちゃん、

「だ」

 と士郎くんも、

「「ってええぇぇぇ」」

 そして最後は三人一緒に叫んだ。
 どうやら彼らは随分と仲が良いようだ。

「理由を教えてもらった以上、礼儀としてこちらも答えてあげないといけないからね。 ぼくが彼女に仕えている身であることを教えてあげたんだよ。 すると士郎くんは自分もぼくのようにイリヤちゃんの側でイリヤちゃんの為に働きたいっていうからさ、ぼくもその熱意に負けて紹介してあげる約束をしたんだ。 そうなるとぼくらは同じ主に仕える仲間ってことになるから友達になろうって言うことになったのさ。 ああ、そうだ。 今まですっかり忘れてまだその話をイリヤちゃんにしてなかったんだ。 ごめんね、士郎くん」
「なんでさ!?」
「何でと言われてもぼくの記憶力の悪さには定評があってね。 いや、本当に申し訳ないとは思ってるんだよ」

 こればっかりは未だに改善された様子がなくて我ながら困っている。

「いや、そういう事じゃなくて……」
「そう、衛宮君ってそういう趣味の人だったんだ」
「ち、違う! 誤解だ、遠坂!」
「別に言い訳しなくても良いわよ。人の趣味はそれぞれなんだし、それに干渉しようなんて私は思わないわ」

 何だろう、あの二人はあんなに近くにいるのに、さっきは見事な連携を見せたのに、気のせいだろうか。ぼくにはあの二人の間に南極と北極くらいの隔たりがあるように見える。
 ついでにリンちゃんが士郎くんを見る目の温度も南極か北極の気温くらいだ。

「シロウ、私はあなたの剣である身。本来マスターにこのような事を言うのは過ぎたことかもしれませんが、私の知る限りにおいてのこの世界の常識ではあまりそういう趣味は歓迎されないのでは」
「セ、セイバーまで信じないでくれ!」

 しかしつい先ほど出来上がった関係だからなのだろうか、二人の主従関係に暗雲が立ち込めてる気がする。

「ふ〜ん、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら考えてあげても良いよ」

 小悪魔のように笑うイリヤちゃんに、士郎くんの顔は真っ青になっている。
 恐ろしい子だ。

「本当のことはちゃんとあとで話してもらうわよ」

 さすがにぼくをライアーと呼ぶだけあって、マスターはぼくの本質をご存知のようだ。





   ● メイト

   0

例え君が世界の全てを味方にまわしても、
ぼくは君の敵だ。

   1

 まるでミサイルを何発も撃ち込まれたような轟音に城が揺れた。しかしこの揺れの原因の実際はそんな生易しいモノじゃない。硬く閉ざされていた扉は粉々に吹き飛び、その余波でロビーもが無数に罅割れ、抉られている。
 その中にぼくは一人で立っている。
 側にマスターであるイリヤちゃんの姿は無い。当然だ。こんな所に彼女を連れてこれるものか。
 ぼくがここに登場することも、殺されに行くようなものだとイリヤちゃんに止められたが、聞くわけにはいかなかった。
 ここがぼくの登場するところだ。ぼくがぼくの役割を果たすべき場面なのだ。
 破壊し尽くされた門の向こうから、自身が行った圧倒的な破壊に関心も無く、己が進む道には何の障害も無いかのごとく、全ての物は自分の進む道に立ち塞がる事が無いと言うように、さも当然のように金色が進み出てきた。

「ほう、意外だな雑種。 貴様は逃げ隠れが得意だと聞いていたが、自らその姿を晒すとはな」
「ぼくは来訪先の扉を壊したり、入るときに『お邪魔します』の一言も言えないあなたと違って一応、礼儀ってのを知っているからね。 お客さんを出迎えるくらいはするさ」
「礼儀だと? そんなものは下の者が上の者に対して払うものだ、王である我には無用な心得だな。
 むしろ我がわざわざ足を運んで来てやったのだ、平伏し献上品の一つでも差し出すのがお前たちの義務だ」
「これはまたとんでもなく横暴な人だと思ったら王様だったとはね。 なるほど他人を見下しなれているわけだ」

 相手の不遜にぼくは不敵に応える。
 虚勢で応える。
 虚勢でも良いから応える。

「でも申し訳ないんだけどさ、あんまりにも突然な訪問だから何の歓迎の準備も出来てないんだ。 ああ、別にここに使えている使用人が無能ってわけじゃないからね。 メイドさんが二人しかいないんだけど、こんな大きなお城をたった二人で管理してることからも分かるとおり二人ともとても優秀なメイドさんなんだ。 彼女たちが無能だと思われるのは困るな。 もちろんここの主であるお姫様も立派なレディだよ」
「最初からお前らに我が満足するような歓迎が出来るなどとは思っていない。
 なに、我は我のやりたいようにやらせてもらうだけだ。それに関しては気に病む必要はない」
「なるほど、さすがは王様だ。 あまりの寛容さに涙が出そうだよ。 でも何の用で訪れたくらいは教えてもらいたいね。 それくらいは教えてもくれても良いでしょ。 用件によってはぼくだって手伝うしね」

 爆笑しそうな膝を押さえつけて喋り続ける。
 決して黙るわけにはいかない。

「それには及ばぬ。 雑種の手助けなど不要だ。
 我の目的は杯と、折角演出された舞台をかき乱す無粋者の掃除だけだからな」
「杯って簡単に言いますけど、このお城にはそれこそ気が滅入るくらいの数の杯がありますよ。 その中から目当てのひとつを探すのなんてかなり大変ですよ。 それとお探しの無粋者も、まあ懲らしめてやりたいって気持ちは分かりますよ。 誰だってきれいに作られたお芝居を壊されたら腹が立ちますからね。 でもここにそんな無粋者が紛れ込んでていても、このお城広いですからね。 不案内な人が探すには骨が折れるんじゃないですか」
「そうでもない。 少なくとも無粋者は随分と早く見つかったからな」

 金色の王様はぼくの虚勢を見透かして笑う。
 威圧するように笑う。当然のように威圧する。

「奴は随分とお前を警戒していたようだがな、過大評価が過ぎたようだ。 奴も随分と耄碌したものだ。
 確かに貴様があの魔術師の女を発見したことで我が舞台に上がる時期が早まったが、それもただの偶然でしかない」

 魔術師の女。
 やっぱり、こないだ町外れの洋館で発見した瀕死の重傷を負った女性は魔術師だったらしい。
 現在はこのお城の一室で治療を受けているが未だに目を覚まさない。
 無論、そんな事をぼくはおくびにも出さない。

「これは驚いたな。 まさか王様が誰かの使いっぱしりをしてるなんて」
「――なんだと?」

 圧力が一気に跳ね上がる。すでに物理的暴力と言っても良いくらいの圧迫感がぼくに襲い掛かる。
 まともに受けて立つな。受け流せ。
 柳のごとくではなく、
 空気のごとく。

「だってそうでしょ、誰かに言われて、それに従って、ここに来たわけなんだから、それは使いっぱしりでしょ。 まあ、仕方ないですよね。 いくら王様だって言ってもそれはあくまで昔の話で、今じゃ一個人の使い魔なんですから。 でもそれにしたって不手際じゃないですか、。 あなたの主はあなたとその女の人を内密にしておきたいと思っているはずなのに、こんなに派手にやっちゃあ、いやでも目立ちますよ。 その程度の躾もされてないなんて、血統証付の割には随分と――」

 ぼくの言葉は最後まで続かなかった。
 黄金の圧力が最高値に達した瞬間、放たれた砲撃により、ぼくが立っていた階段は積み木のように崩れた。
 もちろん、そんな何が起きたかなど、その瞬間にぼくが知覚できるわけもなく、気がついたときには瓦礫に埋もれて落下していた。

「――かっ、は」

 全身を鋭い痛みと鈍い痛みの双方が襲う。全身が痛すぎてどこがどうなっているか分からないが、確実に数箇所の骨は折れているだろう。この分じゃ内臓にも損傷がありそうだ。
 だけど、どうにか生きてはいる。
 それは朦朧とした意識の中でも実感できる。
 ぼくに叩き付けられる怒気と殺意がそれを教えてくれる。

「付け上がるな、雑種。
 貴様のような道化風情が、我にそんな口をきくか」

 怒気を纏った金色。
 その背後には剣、槍、矢、斧、杖、棒、刀、鎚、etcetc。
 様々な凶器がその役目を早く果たさせろ、とギラついている。
 あの中のひとつでも当たれば、それでぼくは終わりを迎えるだろう。

「さっきから人を雑種雑種って、あんまり雑種を甘く見ないほうが良いよ。 どんなに理屈をこねてもこの世界で一番勢力を誇っているのはその雑種なんだからね。 純血種なんてきちんと保護されていないと保てないけど、雑種はほっといてもどんどん増えて、勢力を拡大していくからね。 結局能力はとにかく、勢力としてはとんでもなく貧弱なもんだよ、純血なんてのはさ」

 この期に及んでまだぼくは戯言を吐く。
 正直、もう喋るのもきついけど、それでも黙らない。

「王様なんてのも似たようなもんだよね。 王様は一人だけど、奴隷なんていくらでも代わりがあるなんていうけど、結局はそれって王様が一番脆弱な立場だって言ってるのと同じだよ。 チェスや将棋でだって王様なんてのは女王クイーンのように高い能力を誇っているわけじゃなく、詰みチェックメイトされないよう守ってもらいながら逃げているだけだ。 それも分からずに威張り散らしているさまは、本当に裸の王様さ。 実に滑稽だよ」

 まるで人を騙していると思いながら、自身が一番騙しているのは自分自身だと気がつかない詐欺師のように。

「――クッ、クッハハハハハハハハハ、アハハハハハハハ!!」

 金色の王が哄笑する。
 心底愉快そうに笑い続ける。

「ハハハハハハハハハハ、フッハハハハハハハハハハ、ククククックク、

 言いたいことはそれだけか?

 他に言うことが無いならば、疾くと去ね」

 まあ、そうだな。こんなもんだろ。
 ぼくのような奴ではこんなもんだ。
 これ以上を望むなんて不相応もいいところだ。己を知れと言うのだ。

「ここまで我を侮辱した者も珍しい。
 そうだな、最後に名を聞いてやろう。 貴様の名は言うがいい」

 ふむ、これは身に余る光栄とでも言えば良いのだろうか。
 もっとも、

「――無為式」

 名乗る気なんてないんだけどさ。

「なんだと?」
「それの周りじゃ、何もかもが、うまくいかない。 誰の望みも叶わない。 本人は何もしてないのに、その周辺では異常事態が頻発する。 全てが勝手に狂いだす。 その前では、想いも望みも願いも祈りも、何の意味も持たない。 無闇の為にのみ絶無の為にのみ存在する公式。 存在するだけで迷惑な絶対方程式」
「何を言っている?
 我は名を聞いているのだ。 それともそれが名か?」

 ぼくが何を言っているか心底分からないようだ。
 こちらも分からないなら、分からないで構わない。

「昔さ、ぼくをそういう風に言った人がいたんですよ。 だけど言われたぼくとしては堪ったもんじゃない。 それはぼくの周りで人が傷つくのは、人が死ぬのはぼくの責任だって、ぼくの周りでは常に人が傷つき、人が死んでいって、それがぼくの責任で起きているって言われてるようなもんなんだからさ」

 ぼくはうなされた様に言う。
 壊れたように話し続ける。

「もちろんぼくにだってそれなりに自覚はありましたよ。 だけどどう考えても偶然の産物としか思えないようなものまでぼくの責任にされちゃ堪らない。 世の中は思い通りに行かない事のほうが圧倒的に多いんだ。 その場に偶々ぼくがいたからって、何でぼくの責任にされなきゃならないんですかね。 あなたの主だと言う人もそうだ。 どんな思惑でどんな脚本を書いたのか知りませんけど、それが狂ったからってぼくの責任にされても困る。 あなたの言うとおりそんなものはただの偶然でしかないかもしれないのに」
「当然だ。 貴様のような雑種にそんな運命を乱すような力があるものか」

 金色の王様はつまらなそうに答える。
 だけどぼくはその答えに安心した。

「よかった、あなたならぼくの責任にはしないでしょう」
「何の話だ?」
「ですから、今この場に、このお城の優秀なメイドさんが、このピンチを知らせに頼れる友人の所に行って、その知らせを聞いた友人が仲間と一緒に大急ぎで駆けつけて来て、あなたの杯の奪取とぼくの抹殺と言う二つの目的を果たせなかったとしても、あなたならそれをぼくの責任にはしないでしょうって話です」
「………!」

 振り返る金色の王の視線の先、
 ぼくの視線の正面に、
 華蓮の如き赤を纏った魔術師と、それに従う火炎の如き赤を纏った弓兵、
 静謐の如き青を纏った騎士と共に、
 さながら物語りで語られるそのままに、

 正義の味方がそこに登場していた。






   ● 後始末

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あなたともう二度と出会わない事を祈ります。

   1

 今回のことを振り返ってみる。
 結局、誰が得をして誰が損をしたのか、誰が笑って誰が泣いたのか、何が生まれて何が失われたのか、それすらも分からずじまい。何もかもが有耶無耶なままだ。
 有耶無耶なまますでに終わりを迎えている。
 まあ、そんなものだろうとも思う。
 何せこれは戦争なのだ。誰もが得をして損をして笑って泣いて生まれた失われたに違いない。

「戯言だけどさ」

 ただの寒々しく、もの悲しい空き地だ。どうも普段からここには人が寄り付かないらしい。
 ここは前回の聖杯戦争の決戦地で、その際に起きた大火災の跡地らしい。
 いわばこの地は終わった場所だ。
 人が寄り付かないのも必然なのかもしれない。
 こんな空き地にいるのはぼくともう一人、すでに十年前に終わっている神父だけだった。

「この度の聖杯戦争は過去最大の失敗であったな」
「そりゃあそうですよ。 なにせ監督役が真っ先にルール違反してるんですから」
「それもあるが、やはり最大の原因としては私は君の存在だと認識している」

 神父はこちらの皮肉など意に介さず断言する。

「まさか口先だけで参加者全員を棄権させるなど、そんな真似をする者がいるなど誰も想定していなかったろう」

 そう、それが今回の聖杯戦争の結末だった。
 ぼくらが監督である綺礼さんの不正を知った後、士郎くんの意向もあり、参加者全員を説得して戦いをやめさせると言う方針になった。
 字面の上だけだとかなりの無茶だが、実際に行動を起こしてみれば、そう難しいことではなかった。
 なぜなら、ほとんどの参加者が聖杯など必要としていなかったからだ。
 必要とする人たちも苦労はしたが、最終的には棄権させることに成功した。
 もちろん誰への説得も苦労した。武力を振るわざるをえないこともあった。
 その度に誰かが傷つき損をし無き、何かが失われた。
 それでもぼくらはどうにかそれを成し遂げることに成功した。
 そう、別にぼく一人でやったわけじゃない。ぼく一人でなんて不可能だ。
 大体全員を説得するなど不可能だった。ただ一人、説得に応じなかった人物がいる。
 言うまでも無く、目の前にいるこの神父だ。

「それに最大の功労者はぼくじゃなく士郎くんでしょう」

 今回のこの戦争の、物語の中核にいたであろう人物。
 正義の味方の少年。
 これほどまでに主役として相応しい人物もそうそういないだろう。

「衛宮士郎、か。 そうだなそれは元より分かっていたことのはずだ」
「そうですね。 悪役を打ち倒して物語を閉じるのはいつだって正義の味方なんですから」
「ふ、ようやくここに来て自身の天職を見つけることになろうとはな」

 天職か、まあそうなんだろう。
 この他者の不幸こそ幸福なんていう男には悪役と言うのはこの上ない天職と言える。

「だけど、神父って言うのもそれなりにはまってると思いましたよ」
「心にも無いことは言うものではないな」

 窘められてしまったが、嘘偽り無い本心だ。
 他者の苦しみをベクトルが違うとはいえ感じることの出来るこの男は、聖職者もやっぱり天職なのではないかと思う。
 それからぼくらは色々なことを話した。
 今まで聴いた中で一番心に響いた音楽の話とか、実用性とデザインどちらを重視したバイクが好まれるかとか、趣味人とマニアの境界についてとか、もっとも集中して本を読める体勢についてとか、お互いの家族についてこんなのが身内に居るなんて気の毒にと言う話もした。
 そんな意味のないどうでも良いような戯言を互いに言い合っているうちに知らず知らずのうちに時間が来ていたようだ。

「さて、そろそろこの打ち切られた物語の締めを行いにいくとしよう」

 そうか、そうなるとこれでぼくらの会話も終了だ。

「君は来ないのかね?」
「ええ、もうここまできたらぼくのような語り部の出る幕じゃありませんし」

 なにせ打ち切りですから、と嘯く。
 そうか、と綺礼さんは頷くと、ぼくに背を向けて歩き出す。
 しかし、もう一度振り向く。いつかの教会のときのようにぼくらの目が合う。

「この先どういう結果にせよ、私たちが二度と会うことはあるまい。
 他のサーヴァントはこの地に留まる事もありえるが、君はその特性ゆえ消える可能性が非常に高い」

 物語が終わった以上、語り部の存在は不要だから。

「ゆえに最後に君に聞いておきたいことがある」
「ええ、良いですよ。 答えられるかは分かりませんけど」

 ぼくのそんな返答に満足したのか、神父は頷くとその質問を口にする。

「君の望みは何だね?」

 それは今回ぼくが出会う人たちに聞いてきた質問。
 ある人は今ある生活を望み。
 ある人は自身の価値を望み。
 ある人はそもそも望みなど無く。
 そして目の前の神父は人の苦痛を望んだ。
 …………。
 ぼくの望みか。
 まあ、とりあえずギャルのパンティーで無いことは確かだ。
 なんて、本当はそんなものはこの世界に呼ばれた時から決まっている。

「イリヤちゃんのために何かをしてあげることですね」
「そうか」

 愉快そうな笑みを浮かべて、つまらなそうに神父は頷く。

「ではな、戯言遣い。 もう二度と会うことはない」
「さようなら、神父。 もう一度会おうなんて思いません」

 こうして今度こそぼくらは別れた。
 この先あの神父と士郎くんたちの間で何が行われるのかはわからないが、それはやっぱりぼくが関与すべきことではない。

「…………」

 さて、イリヤちゃんの事が多少心残りではあるが、そちらも問題は無いだろう。
 リズさんやセラさんのような優秀なメイドさんもいる事だし、凛ちゃんや桜ちゃんのような友達も出来た。
 そして何より、士郎くんのような良いお兄ちゃんがいるのだから、何の心配も無い。
 ――とか、言いながら、しっかり保険をかけて来ているあたり、我ながら心配性だな。
 ま、とにかくそっちも問題ないだろう。

「さて、それでは戯言の終了だ」

 ぼくはこの物語の語り部としての役目を終えた。





   ● 蛇足

 ドアを叩くノックの音で目を覚ました。

「…………あ〜」

 びっくりした。
 夢オチかと思った。
 昨夜遅くに依頼された仕事を終えて、帰ってきたらそのまま寝たせいでどうも記憶が曖昧なようだ。
 ぼくが状況を整理している間、ずっとノックは続いている。

「はいはい! 今開けますよ!」

 軽く身嗜みを整えてから開けるとそこには

 白い少女がいた。

「…………」

 えっと、なんだ?
 なんでこんな子がぼくの家を訪ねてくるんだ。

「こんにちはライアー。 どうも今起きたところのようね」
「………えっと、人違い?」

 ぼくがそう訊ねると、少女は笑みを浮かべたままポケットから名刺のようなものを取り出した。

「それは父親から譲り受けたんだけど、問題は無いでしょ」
「ああ、なるほど」

 納得いった。
 しかし、聞きなれぬ呼び名と、まるで知り合いのように気軽に話す少女のほうには相変わらず疑問だらけだが、まあ気にしても仕方あるまい。

「それじゃあ、準備するから近くのお店で待っててくれるかな。 そうだなこの辺りに……」
「それには及ばないわ。 リズ、セラ」
「うん、イリヤ」
「はい、お嬢様」
「…………!!」

 いきなり二人の白いメイドさんが現れた。
 いったいどこに潜んでいたんだ。

「ライアーを丁重に連れて来なさい。
 ただし、抵抗するなら力ずくでも構わないわ」
「もしもし、お嬢さん。 それは丁重にとはいわないんでは」

 ぼくのそんな突込みは完全に無視され、メイドに捕まれそのまま引きづられていく。
 ってか、このメイドさん、やたらと力あるんですけど。

「さあ、グズグズしない。 シロウたちも待ってるんだからね」
「いや、だからこれは人攫いだって、拉致だってば」

 何だこれは?
 どういう状況だ?
 まだ夢の続きなのか?

「あなたに身に覚えが無くても、私がクライアントとして依頼したからにはしっかり役に立ってもらうわよ」

 こうして、適当に曖昧で機械的な有耶無耶が、凡庸なくらいに何事もない、不自然なほど空疎な確実さを伴って、さながらあやふやで真っ白なおとぎ話のように始まっていく。
 誰かのために何かをしたいって思うのも大変だと実感させられた。
 それでもぼくは誰かのために、何かをしたいと思った。
 

 それじゃあいっちょ気合を入れて戯言といきますか。

《White Princess》is HAPYY END?




クラス:ナレーター(バード、バーサーカーにも適正あり)
真名:×××××(呼び名はいーちゃん、いーたん、いっくんなど)
性別:男
属性:中立・中庸(バーサーカーの場合に限り混沌・狂)
マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
能力
筋力:D 魔力:E
耐久:C 幸運:E+++
敏捷:D 宝具:B++

クラス別スキル
【言語能力:B】
物語を語る上で必要となってくる言語力を持っている。
ただしたまに間違った言葉の使い方をする。
【不干渉:C】
物語の中核には干渉することが難しい。誰かを介せば可能。
また物語が終了した時点で、その存在は物語の舞台から退場してしまう。

保有スキル
【戯言:B+】
物事や状況を有耶無耶に曖昧に語ることによって聞く人間の心を大きく揺さぶる。
本人の資質と合わさり、やりようによっては相手の精神を崩壊させる事も、逆に救うことも可能。
ただし、名前を持たないものには聞きにくい。(通称でもあれば問題ないためサーヴァントには大概通じる)
【無為式:EX】
簡単に言ってしまえばトラブルメーカーの最上級(ハイエンド)。
ありとあらゆる異常事態が、有象無象の奇人変人が集まりやすい体質。
これは本人だけではなく周りの者にまで影響を及ぼすために、その周りでは何をやっても上手くいかない。
【悪運:B】
普段はとてつもなく運が悪いが、そのせいで巻き込まれた災難の中、土壇場で運のランクがはね上がる。
このスキルの副作用として召喚時に得られるはずの知識が得られない。

宝具
【なるようにならない最悪(イフナッシングイズバッド)】
ランク:B++ 種別:対人宝具 レンジ:0 最大効果:1人
自身はまったくの無個性な為に誰にも似ていないが、あまりにも欠けている部分が多いために誰にでも似ている存在。
そのために誰もが彼を前にすると自分の《欠点》を見せ付けられているようで非常に落ち着かない気分になる。
心理状態が狂わされる結果、何をやっても上手くいかなくなってしまう。
【無為式】と合わさって、世界の運命とまでは行かなくても、一個人の世界の運命を狂わせる事もある。
常時発動していて、本人にもどうしようもない。

英霊化の理由:世界の終わりなどと言う危機を何度か防いだ結果。
       また、様々な人のトラブルを解決してあげた事もひとつの要因。

出展:《戯言シリーズ》

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