「うわああああ!!」
「嫌だああ!! 死にたくなっっっ」
「熱い! 熱いいぃぃぃ!!」
「母さあああぁぁん!!」
「苦しい…苦しいよぉぉ……」
「ひぃぎゃあああああ!!」

 漆黒の宇宙(そら)に光が閃くたびに決して聞こえるはずの無い怨嗟が響く。
 悲しみが、苦しみが、恨みが、憎しみが宇宙の暗闇へと吸い込まれていく。
 呪詛と絶望を飲み込んだ宇宙を一筋の強烈な光が引き裂いた。
 多くの悲鳴が一度に上がった。 それはまるで宇宙そのものが悲鳴を上げているように思わせた。



   信念と疑念の狭間で



 ヤキン・ドゥーエ攻防戦。
 地球、プラント間で起きた戦争の最終戦と目されたこの一戦は互いに総力戦、否、総殲滅戦となった。
 連合軍は核を用いてプラントの殲滅を図った。
 核の第一波はこれ以上無益な犠牲を出さないようにと戦争停止を呼びかけるラクス・クライン派、三隻同盟等と呼ばれている連合、ザフトどちらにも所属しない戦力によって防がれた。
 しかしその想いは直後に発射されたザフトの切り札《ジェネシス》により連合軍の艦隊とともに引き裂かれる事になった。
 ザフトの指導者パトリック・ザラはジェネシスの放った光を「コーディネーター創世の光」と称したが、その光と、それが生み出した光景は連合軍と三隻同盟の人間だけではなくザフトの人間の中にも禍々しく映っていた。
 現在は大打撃を受けて態勢を整えている連合軍だけではなく、ザフトも一気に打って出るために各兵器の整備のため一時戦闘は中断されているが、これが嵐の前の静けさであることは誰もが理解していることだった。



「各部チェックを怠るなよ!!」
「時間が無いんだ! 損傷した機体は直せるものから直せ!!」
「早くゲイツのライフル、エネルギーチャージしろ!」
「急げ衛生兵! 殺す気か!?」
「パイロットはうろちょろしてねぇで今のうちにしっかり休んでろ!!」

 MSデッキは凄まじい喧騒が響いている。
 整備兵にとっては再出撃のための今こそが戦いなのだ。
 十分な時間が無いため迅速にそれでいて繊細に作業をこなしていかなければならない。
 より良い状態でパイロットたちを戦場に送り出すために。何より無事に戻ってこれるようにと。
 特に気を使うのが一部のエースパイロットが駆る専用機だ。
 個人用にカスタマイズされているため僅かな差異でパイロットの感覚を狂わす。これは他の一般機にも言えることだがカスタム機は特にその性質が強いのだ。
 無論乗っているパイロットがエース級なのだからそれでもそうそう墜とされるわけではないが、それでもその危険が格段に上がることには違いない。だからエース機の整備班はより一層に張り詰めた雰囲気だ。
 エース機の整備は主に駆動系を重点的に行われる。エースだけに損傷は滅多に無いがその分激しい機動が多いために駆動系にかかる負荷が大きい。勿論それを考慮して設計、製作されている故の専用機だがそれでも他に比べて大きい。

 そんな専用機の一機がかなりの損傷を受けて戻ってきた。
 濃い蒼色に塗装されたジグーはその最大の特徴とも言える両肩に装備されたビーム砲の左片方を肩の一部ごと溶解し、同じく左腕は肘から先が鋭い切り口を見せ無くなっていた。その装甲にもいくつもの銃創がある。

「予備のパーツを早く持って来い! ぼさぼさするな!!」
「左腕はどうします!?」
「肩のところから完全に付け替えるぞ!!」
「時間が足りませんよ!?」
「馬鹿ヤロウ!! 弱音吐いてる暇があったら手を動かせ!!」

 現場の雰囲気が一気に緊迫し、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
 中破に分類される損傷だったがここが総力戦を前提していただけあって予備のパーツがあるのは幸いだった。
 整備班が慌しく作業している中でMSのコックピットハッチが開き赤いノーマルスーツに身を包んだパイロットが姿を見せた。 赤、それはエリートのみが身につけることを許されたトップガンの証。 そのパイロットが専用機をここまで損傷させてくるなど驚愕に値することだった。
 パイロットはヘルメットを取ると滑り出すようにコックピットから出てきた。
 パイロットの名前はシホ・ハーネンフース。 同じく赤服を着用するイザーク・ジュールを隊長とする通称『ジュール隊』に所属する唯一の女性パイロットだ。 整った顔立ちと特徴とも言える長い黒髪も相まってさながら日本人形のようである。 しかしその目には人形には無い強い意思を宿している。
 だがさすがに今はその表情にも疲労の色が濃い。

「シホ! 大丈夫だった?」
「ええ、どうにかね」

 親しい女性整備兵のリムに弱く微笑む。

「こりゃ、また派手にやられたわね」
「ごめん、仕事増やして」
「それは構わないんだけど、幸いシホも無事だったみたいだし。 ただシホがここまで機体を損傷させるなんて」
「私もまだ未熟ってことかしらね」

 苦々しく呟く。 元々、人一倍負けん気が強い性格だけに屈辱感も強い。

「でも相手は連合の新型三機だったんでしょ? そいつらにはこっちもかなりやられてるって言うし、それを撃退しただけ大したもんよ」
「でも撃墜したわけじゃない」

 確かに新型三機は強敵だった。 機体の性能もパイロットの能力もシホが今まで戦った敵とは一線を画していた。 しかしこの三機、連携というものが全くとれていなかった。 それどころか互いに相手の足を引っ張り合い、味方にまで攻撃をしだす始末だった。
 もしこれで連携が取れていれば自分は今ここにいなかったかもしれないと思うとゾッとする。 それ以上にそんな奴らにここまで深手を負わされたことが屈辱でならなかった。
 それも、よりによって

「ジュール隊長の前で……なんて無様」

 シホにとって、ここまでの苛立たしさは地球でのミッションで得体の知れないジャンク屋に遅れをとったとき以来、いやそれ以上のものだった。 あの時は相手が自分以上に自身の機体の特性を掴んでいたことに対して、パイロットとして大きな衝撃と屈辱を味わったが、今回は戦術も何もなっていない、あんな駄々をこねる子供のように暴れるだけの連中に追い込まれたという自身の未熟さにプライドがかなり傷ついた。

「はあん、なるほどね。 だからそこまで意気消沈してるわけだ」
「そう見える?」
「見える見える。 何か『私すごい悩んでます』って言うような、すごい悲壮な顔してるよ」

 そのストレートな物言いに苦笑を浮かべる。 弱々しい、本当に悲壮な苦笑。

「そうね。 そうかもしれない」
「シホ?」
「そこ何サボってやがる!」

 らしくない態度に怪訝そうに問いかけた声は別の整備兵の怒声に遮られた。

「っと、いけない。 それじゃあ私は少し休ませてもらうわ。 修理よろしくね」
「あ、うん。 任せてよ」

 愛機のことを託すと作業の邪魔にならないようにMSデッキを後にした。
 コレが普段なら微調整のためにもシホは立ち会うのだが、今回は大掛かりな作業になりそうなので居ても邪魔になりそうだ。 いくらある程度の知識を持っていてもアマチュアが専門家(スペシャリスト)の領分に下手に手を出しても役に立たないことは、先日イザークに指摘されていたので心得ていた。



 パイロットが一時的に控えている休憩室の一角でシホは独り壁に寄りかかりドリンクを飲んでいた。
 パイロット仲間内で別段孤立している訳ではないが、親しい者も少ないのも事実だった。 女伊達らにパイロットなどやっていると周りからの受けは良くない。 大概は軽んじられるだろう。 だがシホの場合は幸か不幸かその実力は誰もが認める、否、認めざるを得ない。 シホもその力を自分を女だからと軽く見た連中には徹底的に教え込んできた。 そのお陰でシホを軽く見るものは居なりその実力と気概を快く思う者も現れたが、その反面疎ましく思う者も確かに居る。
 そう言う経緯もありシホはこう言う場では例え親しい相手でも向こうから話しかけてこない限りはこうやって一人で居ることが多い。
 だが今回はそれだけが理由ではなかった。 先程の「私すごい悩んでます」と言う指摘は正しい。 その悩みの種に比べたら子供じみた戦いしか出来ない相手に専用機を破損されたことも、それがジュール隊長の前であった――コレにいたっては褒められたことだし――ことも些細な問題だった。

「それにしてもジェネシス。 予想以上の威力だったな」
「ああ、ナチュラルどもの軍が紙屑みたいに燃えていった」

 耳に入ってきたその会話に、思考していたシホの意識が向く。

「これであの野蛮なナチュナル共を一掃出来る」
「核なんてものまで持ち出した報いだ」
「ああ、これでボアズに居た弟の敵を取れる」
「ナチュラル共め、根絶やしにしてやる」

 勝利を目前にしたように熱く語るのをシホは酷く冷めた気分で聞いていた。
 確かにあのジェネシスを使えば連合軍を壊滅できるだろう。 だがアレをもう一度使うということは必然としてあの光景を再び見ることになる。 怨嗟と悲鳴、絶叫と絶望に染め上げられた光景を。 その想像は酷く気分を重くした。
 自分が軍に志願したのはこんな戦争を早く終わらせるためだ。 これ以上ユニウスセブンのような悲劇を、大切な者を失う悲しみが無限に広がるのを食い止めるためにと。
 ジェネシスを使えば確かに連合軍を壊滅させて戦争を終わらせることが出来る。 これ以上悲劇が起きずにすむ。 だから? だからそのためにあの光景を作り出すというのだろうか。 それは酷く歪んだ矛盾ではないのだろうか。
 いや、そもそもそれで戦争が終わるのだろうか。 戦争にルールが無い以上敵を全て滅ぼすしかないと言うが、戦争にルールが無いと言うならば敵を全て滅ぼせば戦争が終わるというルールだって無いのではないのか。
 本当に自分がやっていることは正しいのか? そんな疑問がずっと胸に引っかかっている。

(ジュール隊長はどのように考えてるんだろうか)

 視線を巡らせて見るがやはりイザークの姿は見当たらない。 それは分かっているのにさっきから何度かこうやって姿を探しているのだから。

(まったく、私は何をやってるんだろう。 探して見つけたら考えを聞くつもり?)

 そんな自分の甘い考えに嫌気が差して舌打ちをする。
 そもそも答えをもらってはいるのだ。 ヤキンでの戦闘が始まる前、ディープアームズの改良のアドバイスをもらった時に。

 俺は俺に出来る戦いをする。

 地上の作戦でのザフトのやり方へ苛立ちを感じたイザークの言葉に、シホが自分への疑問を浮かべたときに、イザークが続けた言葉。

 だからお前もお前にしか出来ない戦いをしろ。

 そう言って去って行った姿に確かに誓ったはずだった。 自分の信念を、隊長を信じようと。

(そうだ。 今はジュール隊長を信じて戦うしかないんだわ)

 その想いが再び揺らぎ始めたから、また救ってもらおうなどと甘い考えを許容できるシホではなかった。

(早く出撃したい。 そうすればこんな弱い考えなんてせずにすむ)

 不謹慎だと分かっていてもそう考えてしまう。 そうとでも考えないとこれから先、戦う理由を見失いそうだった。



 待ち望んだ出撃要請がかかり、シホはすぐさまMSデッキへと向かった。
 他のジュール隊隊員も次々と集まってくるが隊長のイザークの姿はまだ見えなかった。 元々隊長は作戦や配置の説明などがあるため遅くなるのは別段珍しいことではない。 だが今回に限ってはシホはこの待ち時間が酷く辛く感じた。 そんな弱さを持った状態でイザークに会いたくはないのに、その感情は消えてはくれない。

「すまん。 少し遅れた。 全員揃っているな」

 その声にハッとして敬礼を取る。
 そこにはイザークが部下の敬礼に敬礼を返しながら歩いてきていた。

「簡単に説明するぞ。 我々ジュール隊は引き続きヤキンの護衛に当たる。 ただし……」

 珍しく途中で一拍置くと、何か噛み締めるように続きを口にした。

「後方の配置でだ」

 その言葉でシホは上が既に戦後のことに思考が行っていることを感じ取った。 隊長のイザーク・ジュールはエザリア・ジュール議員の息子だ。 戦後に力になるものをわざわざ前線に出して殺さないための配慮だろう。 そしてイザークはそれをよく思っていないということも。
 しかし、その苛立ちを押さえイザークは説明を続ける。

「ジェネシスの第二射まで何としてでもコントロールのあるヤキンを死守するぞ」
「あれを、もう一度?」

 思わず口に出た言葉にハッとしても遅かった。 聞き逃さなかったイザークはシホのほうを不快にでもなく、疎ましくでもなく、脅すのでもなく、威圧するでもなく、ただその鋭い目で見ていた。

「不満がありそうだな。 シホ・ハーネンフース」
「あ、いえっ、そういう訳では」
「不満があるのなら不満があるで構わん」

 特に皮肉るでもなく発せられる言葉は、それ故にひどく痛かった。

「だが、今回の出撃は見送ってもらうぞ」
「!? そっ」
「他の者にも言っておく」

 シホの抗議を遮って、イザークは隊員全員を見据えて告げる。

「少しでも疑念がある者は今すぐこの場で名乗り出ろ。 そんな心に迷いがある奴が戦場に出ても死ぬだけだ。 いや、戦場において隙のある奴は自分だけでなく仲間も殺すぞ。 それは貴様たちにも分かっているだろう」

 表面上は部下に言い聞かしているが、実際は誰に対しての言葉か。
 思い浮かぶのは傷を負ったときのことか、気さくな先輩のことか、心優しい少年のことか。

「そんな奴を戦場に連れて行く気はない。 足手まといになりそうならここで大人しく留守番してもらう。 それに対して罰を与えたり、侮蔑はせん。 だから今すぐこの場で名乗り出ろ」

 一部隊を仕切る隊長にあるまじき言動だが、イザークの揺ぎ無い態度と言葉に彼より年齢が上の者でさえも圧倒され何も言えずにいた。

「俺はむざむざ部下を死なせるつもりはない。 信じられる者だけ付いて来れば良い」

 最後にそう言い終えると、後は黙して部下の答えを待つ。
 すぐに返答できる者は居なかった。 ザフトのためにと戦ってきた彼らだったが、改めて問いかけられたその言葉は深く心を抉った。
 周りに喧騒が響く中、そこだけは隔絶されたかのごとく静まり返っていた。

「私は……」

 その沈黙をシホが破る。 誰よりも疑念を持っていただろう人物が。

「私は信じて戦います。 ですから出撃の許可を」

 はっきりとイザークを見て告げる。

「ほう? だが貴様が一番迷っていたのではないのか?」
「確かに、ジェネシスの使用に対しては引っ掛るものがあります」

 守るためではなく、駆逐するための力。
 それはシホが望んだ力でない。 いや、恐らく誰もが望んではいなかったはずだ。 そんな力も、こんな状況も。

「ですが、私はプラントを守るためにこの戦いに志願したました。 この想いに偽りはありません!」
「そうか。 他の者はどうだ? 残る者は居ないのか?」

 誰も一言も言わずに、見回すイザークを見る。 その目が答えを雄弁に語っていた。

「分かった。 ならばもう何も言わん。 各自全力を尽くせ!」
『はっ!』

 一つに統率された、否、一つに結束された敬礼がなされる。
 そんな部下達を見て、イザークは思う。 この中の何人が無事戻ってこれるのか。 それが戦争が持つ現実だと知っているから。

「出撃前にこれを渡しておく。 ま、気休め程度だがな」

 そう言って、イザークが取り出して物は、紐の先に布で出来た小さな袋が結わい付けられたアクセサリーのような代物。 要するに、お守りという奴だ。

「コレを受け取った以上、絶対に死ぬなよ。 俺が渡したお守りのせいでツキが落ちたと思われては堪らん」

 そんなイザークの言葉に部下たちは苦笑しながらお守りを受け取った。 この隊長は何時だって不器用だ。 素直に自分の気持ちを口にすることは無い。 しかしその気遣う気持ちは相手には伝わっている。

「全員生きて戻れよ!!」
『了解!』

 最後にもう一度敬礼をすると、各自、自分のMSへと向かう。

 部下たちが行くのを見送ったイザークは自分の愛機デュエルを見上げた。
 ラスティ、ミゲル、ニコルが死に、アスラン、ディアッカは自分とは違う道を進んだ。
 同じ時間を過ごした者達が次々と自分の前から去って行った。 そんな中で幾多の戦場、死線を共に潜り抜けてきた。 最初はただの便利な兵器として、そして今は信頼の置ける相棒として。

「貴様の力、もう少し俺に貸してくれ」

 無言で佇む愛機に呟き、その中へと乗り込んだ。



 シホが愛機の元へと向かうと既に修理は完了していた。 この短時間でやってのける腕前は大したモノだ。
 しかし、何よりシホの目が留まったのは、その新しく付け直された肩に咲く一輪の華。

「ホウセンカ」
「そ、折角のパーソナルマークなんだからね」

 いつの間にか近くに居たリムがシホの呟きに答えた。
 ホウセンカ。 それはビームを四方八方へと撃つシホの戦い方が、種子を四方へと飛ばすホウセンカを彷彿させる事からつけられたパーソナルマークである。 この宇宙に咲く鳳仙花はザフト軍の中でも有名だがその発祥を知るものは極一部。
 シホがパーソナルマークを考えている時に書いた落書きをイザークに見られたことがあった。 その時にイザークが叱責の言葉と一緒に語った華がこの鳳仙花なのだ。

「お守りなんだからきちんとなきゃね」
「ふふ、ありがとう。 リム」
「どういたしまして。 それじゃあ、きちんと帰ってきなさいよ」

 そう言って親指を立てた拳と笑顔を向けて離れていった。
 シホは数秒、そのホウセンカを眺めると、その手に握られていたお守りを強く握り直す。 その目には一片の迷いもない。 疑念など微塵もない。 信念のために進む力が宿っていた。



 カタパルトデッキの隔壁が開かれていく。 その向こうに広がるのはおぞましき戦場。
 しかし、そこに向かう戦士に迷いはない。 そんなおぞましいモノの中でも、おぞましいモノの中だからこそ貫く信念を持つがゆえに。
 そして隔壁は完全に開かれた。

「ジュール隊、出撃()るぞ!  プラントへの砲火、一つとして許すな!!」
『了解!』

 信念を貫くために戦士となった者達が、戦いの場へと飛び出した。



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