現在 時空管理局本局訓練室


 宙に浮かんだ白いバリアジャケットに身を包んだ魔導師の少女が桜色の誘導操作弾を自身の周りに展開させる。その数はおよそ20。それは彼女の成長を物語っている。

「いっけええぇぇぇえ」
<Accel Shooter>

 少女の叫びに応え、手にした意思を持つデバイスが待機状態にあった魔弾を放つ。
 その一つ一つ正確に少女の意思を受け、複雑な軌道を、時に直線的な軌道を持って目標へと殺到する。

 その目標、無愛想な黒いバリアジャケットに身を包んだ青年になった魔導師は手にした意思を持たない、されど今まで共に戦ってきた相棒のデバイスを構える。

<Stinger Snipe>

 黒いデバイスから放たれた一条の誘導操作弾が白い少女と桜色の花吹雪の中へと奔る。

 桜色の魔弾はその無作法な闖入者を主の下へと生かせまいと、幾つかがソレの迎撃に当る。しかし、闖入者もその防衛をかいくぐり中々先には進めないものも、桜色の花吹雪の中を掻い潜る。
 一方、青年へと向かった魔弾も未だに目標を捕らえられずに居た。青年は巧みに飛行魔法を操り、体捌きを見せ、襲い来る魔弾から逃れる。誘導弾を操作しながらということを考えれば驚嘆に値する集中力だ。

 だが少女とてその様をただ見ているだけではない。既に次の動きに入っている。

「レイジングハート、シューティングモード」
<All light master. Shooting mode set up>

 主の命に答えデバイスはその形態を変質させる。
 魔法の杖のような形状から、より攻撃的な形状へと。

<Divine Buster>
「シュウゥゥゥトオォォ」

 少女の代名詞として知れ渡ったその砲撃が誘導弾を避けている青年へと迫る。
 青年とて余裕を持って避けていたわけではない。かなりギリギリの所で避け続けているのだ。そこに更に攻撃を加えられれば色を無くす。

 爆音が頑丈に作られているはずの訓練室を揺らす。

 だが、少女は油断しない。あの青年がこの程度で仕留められるような相手ではないことを彼女は重々承知しているのだから。
 そして、予想通り砲撃の着弾地点より青年が飛び出した。その姿はところどころ煤けて煙を上げているが、怪我らしい怪我を負っていない。

 だが、それでも集中力を途切れさせることには成功した。青年の放ったスティンガースナイプは少女のアクセルシューターによって無残に食いちぎられている。
 これで青年を襲う魔弾はその数を増やし、今度こそ逃れる術は無い。

 が、このとき青年と青年を追う魔弾、スティンガースナイプを食いちぎった魔弾、そして少女が一直線に並んだ。

<Blaze Cannon>

 熱量を伴った砲撃魔法が桜吹雪を飲み込んで少女を襲う。
 さすがにこれは予想していなかったのか、驚愕の表情を隠せない。

<Round Shield>

 少女の前方に展開された魔方陣が砲撃魔法を押しとどめる。強固なシールドを持つ少女だから可能だったが、これが並みの魔導師ならばシールドの上からでも叩き落され燃やされている。
 しかし、さすがに少女でも完全に防ぐことは出来ず、砲撃魔法の持つ熱が少女の肌をチリチリと焼く。

 砲撃が止み、どうにか防ぎきった少女の前には青年の姿は無い。いつまでも同じ場所に留まるような愚行を決してするような人ではないのでそれは予測済み。だが、問題はどこからどのように仕掛けてくるかだ。
 そして相手は当然のようにこちらに捜索の時間など与えてはくれない。

<Master,top>
「え?」

 パートナーの警告に慌てて上を仰げば、そこには眼前に迫る黒いデバイスの影が写る。

<Protection>
「きゃああ」

 オートガードシステムが働き、その奇襲はどうにか防ぎきったが、接近戦は少女の望むところではない。どうにかして距離をとらねばならない。
 と、その方法を模索しようとした思考は青年の予想外な言葉に途切れさせられる。

「スナイプショット」

 それは先程青年が使っていた誘導弾の加速キーワード。
 何故それを今唱えるのか、その疑問の答えに辿り着く前に少女を後ろから衝撃が襲った。
 砲撃魔法ブレイズキャノンを撃ち終わったと直ぐに撃ちだして少女の後方に待機させておいたスティンガースナイプが、上から襲ってきた青年に気を取られた少女を後ろから狙撃したのだ。

「きゃあああああ」

 飛行魔法の制御を失い、落下する少女。地面に激突する前にどうにか制御を取り戻し床と熱烈な抱擁を避けることに成功したが、

<Stinger Ray>

 続く頭上からの衝撃が少女は再び地面へと叩き落す。
 更に連続で放たれる速射魔法。シールドを張ろうにも時間が足りず、中途半端に展開されたソレは貫通力に優れた攻撃魔法の前には大した意味を成さなかった。
 そしてついには――。

「ふにゃああああ」

 地面に思いっきり尻餅をついた。
 それはもう盛大に。

「あいたたたた…………あ」

 あまりの痛みに涙目になってその痛みに堪えていると、その眼前に容赦なく黒いデバイスが突きつけられる。

「…………」
「うぅぅ、またクロノ君に負けちゃった」
「……今回の敗因は言うまでも無いが、一箇所への集中力の偏りだ。 なのははもう少し全体を見るように心掛けたほうが良いな」

 なのはの敗北宣言を受けてようやくクロノはデバイスを下ろした。
 クロノの忠告はやはり言われるまでもなく本人も分かっているだけに「はいー」と何とも情けない声で答える。

「すでに君の魔力量はもちろん制御技術も僕を超えてるんだ。 そこさえしっかりすれば後は僕に勝つ方法なんていくらでもあるさ」
「うー、その本人に言われると嬉しいやら悲しいやら、何とも複雑です」

 しょぼくれるなのはに苦笑を浮かべ、訓練室を見回してからその苦笑を強めた。
 実戦形式の訓練にも耐えられるよう作られているはずのココは物の見事に破壊されている。床にはクレーターが出来て、壁にはひびが入り、天井も今にも落ちてきそうだ。
 これらの損害は全て目の前でしょぼくれてる可愛らしい少女がやったなどと言って誰が信じるだろうか。

(いや、信じるか)

 今や局内で彼女、高町なのはの名前を知らぬものなど居ないだろう。この十歳半ばの少女が局内のほとんどの者の羨望の的なのだ。
 そんなアイドルといっても過言ではない彼女と昔馴染みということもあり訓練が出来る、しかも成長を見続けることが出来ている自分はかなり幸運な男だと、今更にして思う。

 しかし、まあ、それはそれとして言うべき事は言っておかないとな。

「それとなのは、君の攻撃力は無駄に破壊力がありすぎだ。 君のその『全力全開』の信条を否定するつもりは無いが、これが屋内、それも崩れやすくなった廃屋や遺跡の中だったら君と君の仲間は今頃生き埋めになっているぞ」
「うー、ちゃ、ちゃんと非殺傷設定にしてるもん」
「それで被害が出ているから言ってるんだよ。 まさか今まで書いた始末書の内容を忘れたわけじゃないだろ」

 思いっきり顔を歪めて押し黙る。きっとその脳裏には始末書一枚一枚に苦労したときの記憶でも蘇っているのだろう。

「このままいけば、そのうち《管理局の白い悪魔》の二つ名以外にも《始末書なのはさん》なんていうのが出来るかもしれないな」
「そんな名前やだよ!」
「そうだな、前者はとにかく後者は不名誉な名だ」
「前者だってわたしは納得してないよっ」

 完全に機嫌を損ねてしまったようだ。まあ、狙ってやったんだけど。
 しかしこのまま機嫌を損ねておくのはあまりよろしくは無い。後々面倒になるのは目に見えている。というか、学習している。

「さて、なのは。 それじゃあ君が任務でそういった建物の中にいる人物を確保しなきゃならないってことになったらどうする? ああ、もちろん言葉での説得は失敗したものとしてだ」
「えーと、ディバインバスターは強力すぎるから……アクセルシューターを使うかな。 接近戦はやっぱり不安が残るし」
「うん、妥当な判断だな。 苦手な分野での戦闘は避けるべきだ。 だけどそのアクセルシューターを使っても複雑すぎる地形ではさすがにつらいだろう。 実際今までそれで貴重な文化財に相当する遺跡を破壊してきたんだからね」
「なんか、最近クロノ君意地悪だね」

 恨みがましい視線を肩をすくめて軽く流す。
 この手の評価は最近昔馴染みの少女たちによく言われているので馴れた。

「それじゃあ、クロノ君ならどうするの?」
「そうだな、そういった場所での捕り物が得意な仲間に任せて僕は万が一取り逃した時に備えて外で待機しているよ」
「…………はえ?」
「適材適所ってやつさ。 自身が苦手なものは極力避けるべきだとさっきも言ったろ。 それならば得意な仲間が居るならばそいつに任せるべきだ」
「うーん、なんか引っ掛け問題みたいでズルイ」
「だが、そういう判断が現場や指揮官には必要なんだよ」
「うん、そうだね。 何でも一人で抱え込んじゃ駄目だよね。 友達が居るなら半分こ」
「そうだな、独り占めは良くない」

 そう、こんなこと本当はなのはには無用な忠告だ。
 彼女は意識せずにそれが出来る娘なんだから。そのお陰で彼女は多くの友達を作り、多くの人たちを悲しみから救ってきた。
 現在クロノの妹となっている少女もそうやって救われたのだ。
 だから、これは本当はなのはに対する忠告と言うよりも……。

「そう言えば、クロノ君も昔、子供のころに自分一人じゃどうしようもないときにはちゃんと助けを求めたんだよね」
「ん? 僕が?」
「うん、リーゼさん達に聞いたよ。 なんか怖い殺し屋に殺されそうになったときに相手に気付かれないように救援を呼んで最後まで諦めなかったって」
「あー……、あれか」

 思い出した。
 あれはまだクロノがろくに魔法が使えなかったころの話だ。今の今まで完全に忘れていたが、言われてみれば思い出せる。
 そういえば、ただ我武者羅だった自分を偶然にも助けに来てくれたリーゼ達がそんな事を言っていた気がする、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「どうしたの、クロノ君?」
「あ、いや、そうだな。 自分一人で手に負えないときは無理せず助けを求めることも大切だ」
「うん!」

 太陽のような笑顔に照らされてクロノの中の罪悪感はムクムクと成長していく。
 このままでは内から突き破られそうだ。

「そ、そうだなのは。 友達と言えばこの後フェイトと何か約束してたんじゃなかったのか」
「え? …………ああ! 大変だもう時間が」
「急いだほうがよさそうだな」
「うん、それじゃあ私行くね! 今日は訓練に付き合ってくれてありがとう!」
「ちゃんと汗は流していくんだぞ。 汗臭いと友達に嫌われるからな」
「うー、やっぱりクロノ君いじわるー!!」

 慌しく去っていく少女の後姿を見つめ、それが見えなくなってからようやく溜まっていたものを吐き出すように息をつく。
 本当にリーゼ姉妹は口が軽い。あのままあの笑顔にさらされていたら危うくどうにかなってしまうところだった。
 結果的にはなのはを騙す形になったが……まあ、仕方が無い。虚実をない交ぜにするのも大事なことだ。魔法戦にしても実社会にしてもだ。

 そう、ちょうど今のクロノの状態もそうだ。

「あー、疲れた」

 そういってバタンと訓練室の床に大の字になって倒れる。
 さっきはなのはの前で余裕を見せていたが、実際のところはもう限界に達していた。あのときなのはが突きつけられたデバイスを弾き戦闘を続行していたら、恐らく結果は変わっていただろう。

「本当に強くなったもんだ」

 昔はいつ追い越されるかと恐々としていたが、今ではその成長が楽しみになってきている。それはなのはだけではない。クロノの妹のフェイトにも言えることだ。
 多分、それだけ余裕を持てるようになったのだろう。さっきなのはに言った何でも一人で抱え込まないと言うのは、他でもない自分自身に対する言葉だ。以前のクロノはなんにしても自分一人でやろうとしていた。未熟者の半人前の癖に、そうと分かっているからこそ焦って一人前になろうとして、一人で突っ走っていた。
 別に今の自分が一人前だとは思わない。相変わらず不器用で一人じゃどうしようも無いことがたくさんある。だが、それらを全て一人で如何こうするのは止めた。一人で一人前になれなければ二人で一人前になれば良い。それでも駄目なら三人で……。
 傲慢で慢心に満ちた独り善がりをようやく脱却したといったところか。今更になってそれに気付くあたり自分は周りの人間が言うよりよっぽど子供なのだろう。
 それを自分に気付かせてくれたのが自分よりも五歳も年下の少女達と言うのがまた、何とも情けなく奇妙で愉快な話だ。

「それにしても、本当に疲れたなあ」

 ここ最近の激務も効いているのかもしれない。
 出来ることならこのまま寝てしまいたいくらいだ。

「うん、そうだな。 そうしよう」

 なのはとの訓練でバテてぶっ倒れてたと言えば、かなり真実味があるだろう。
 仕事はもちろんあるが、しばらくの間は頼りになる仕官学校時代からのパートナーに任せるとしよう。彼女は優秀だからきっと自分が居なくてもうまくやるだろう。そうなると後で大怪獣のごとく暴れかねないパートナーの怒りを静める方法も考えておかないと。

「まあ、とにかく今は一眠りだ。 寝不足じゃ頭を動かすのにも効率が悪い」

 そう言って、仕事の鬼だとか仕事が恋人だの仕事中毒ワーカーホリックとまで呼ばれるクロノ・ハラウオン提督は仕事をサボるべく目を閉じた。








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