赤き狂熊




 自分は独りだった。
 親などと呼ばれるような存在も知らない。自分がここに居るのだから、少なくともかつてはそういうモノが存在していたのは間違いないのだろうが、自分を自分として認識できる頃には既に自分は独りだった。
 その事に不満を覚えた事は無い。それが当たり前であり当然なのだから不満に思うようモノでは無かった。

 だが、現状に対する不満はあった。
 自分達が居たのはこの小奇麗に整理された世界において例外的に混沌とした薄汚い所だった。小奇麗な連中はここの事をスラムとか言っていたか。とにかくここはこの世界における病巣のようなものだった。
 薄汚れた住処に薄汚れた連中が住み着いた其処には、この世界において御法度であるはずのガイア教団の施設まで存在していた。もちろん自分もそんな薄汚れた場所で育った薄汚れた人間だ。それでも自分はこのスラムを、そこに住む連中を蔑んでいた。
 ここに住む薄汚い連中は卑屈だった。上の連中に対しての劣等感の塊。負け犬根性が染み付いたクズどもばかりだ。現状に甘んじて、無気力に生きる屍ども。

自分は違う。

 上の連中への妬み、憎しみ。それらを糧に生き足掻き続けた。
 いずれ自分を見下している連中のところまで上り詰め、逆に見下してやる。
 そんな想いとともにこの薄汚いスラムで生き延び続けてきた。
 真っ当な仕事などあるはずも無く、金も食料も全て必要なものは奪い取ってきた。――必要とあらば相手の命までも。
 そうだ。欲しいものは何であろうと奪えば良い。
 相手に媚を売り、ただ待ちぼうけているだけで手に入るものなど何もありはしない。
 欲するならば奪え。
 自分にはそうするだけの力があるのだ。力があるのならば欲するものを得る資格がある。
 メシア教もガイア教も信じていないが、この真理だけは信仰していた。
 そして、それはやがて確固たる形として現れるようになった。

 あの日、上等なスーツを着た奴がこのスラムに訪れた。
 格好の獲物を見つけた自分は狩りの喜びに打ち震えながら、獲物へと襲い掛かった。
 だが、いざ襲い掛かろうとした時、奴は恐怖に顔を引き攣らせて悲鳴を上げるどころか、恋人にでも出会ったような笑みを浮かべて「ようやく会えた」などと抜かしやがった。
 出鼻を挫かれた自分に、羽田と名乗った 男はコロシアムで戦う闘士としてスカウトしに来たのだと言う。
 自分も当然コロシアムの事は知っていた。
 センターの居住権を餌に人間同士の殺し合いを行わせて、それを楽しむという下種な風習だ。
 そして、それは自分が望んでいたものでもあった。
 このスラムに生きる自分が伸し上がるための最短の近道として、常にその存在は頭の片隅にあった。
 当然二つ返事OKした。
 遂に全てを奪い取れる機会が巡ってきたのだ。

 コロシアムで確実に上り詰めていった。
 気がつけば自分はコロシアムのチャンプとなり、自分の存在を知らぬ者はこの街でほとんど居なくなっていた。
 だが、お陰で問題もあった。
 対戦カードがなかなか組めなくなった。
 自分の強さもあるが、どうやら戦い方を嫌って対戦を組もうとはしなくなったようだ。
 理解できない。別に何をしているわけでもなく、ただ普通に対戦相手を叩きのみしていうるだけだ。

 腕を切り落とし、足を切り、確実に相手を仕留める。

 相手の肉を潰し、骨を砕き、動かなくなるまで殴り続ける。

 泣き叫び降参を申し出る相手の言葉に耳を貸すことなく、追撃に移る。そもそも泣いて許しを求めたところで一体何が手に入ると言うのだ。そんな余分な暇と力があるのならば敵を屠るために動けというのだ。

 いつしか凶暴と言われる戦い方と餓えた獣のような貪欲さから自分は『レッド・ベアー』と呼ばれるようになっていた。
 そんな自分の戦い方に客は大いに沸いたが、対戦相手は日に日に少なくなっていく。
 後もう少しでセンターの居住権を手に入れられるというのに――腰抜けどもめが。お前たちには飢えが無いのか? 敵が強いから怖いからといって逃げ出していて手に入るものなど何一つありはしないと言うのに。
 餓えに苦しむ自分の下に、ついに対戦カードが決まったと言う朗報が舞い込んだ。
 ようやくだ。ようやく自分は上に昇れる。これで全てを手に入れることができる。
 対戦相手は弱小ということで有名な岡田ジム唯一の戦士らしい。
 誰が相手だろうと構わない。力あるものが全てを手にする事が出来ると言う秩序に則り叩きのめすだけだ。

これがこのレッド・ベアーの最後の戦いとしてやる。






寝言

待ちに待った『金子一馬画集U』の発売を記念して『真・女神転生U』のレッド・ベアーを書いてみました。
なんつうか、ありがちなシチュエーションですね。(汗
ダレスにしようか悩んだんですが、なぜかこちらになりました。
ダレスもいずれ書いてみたいものです。

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