0 憶えていることと、実際起こったことには乖離がある。 1 子は親を映す鏡なのだとか。この言葉を聞いたらきっと盾の顔は割れた鏡のように歪むことだろう。 「子供に自分の姿を重ねるのはやめて欲しいんだけど。 親の保護対象ではあっても所有物じゃないんだから。 まあ鏡像は反転するっていうから、反面教師にして品行方正に育ったという意味では鏡なのかもしれないけどね」 なんて、冗談も返してくるかもしれない。 やれやれ。 ぼくの子供にしては随分と冗談を言うのが好きな子だ。 これも真面目過ぎて嘘の一つもつけない面白みに欠ける父親であるぼくを反面教師にした結果なのだろうか。 しかし、ぼくとしてもこの言葉に対しては難色を示さなければならない。 それは別にぼくの、ぼくらの愛する愛娘についてのことを言っているわけではない。 ぼくにとって鏡といえば全くもってぼくに似ていない、正反対でいてその本質は同一であるアイツを指すことになる。 白く染めた髪に可愛い顔立ちを台無しにする顔面の半分を覆う禍々しい入れ墨。 かつてこの京都を震撼させた連続殺人を行った殺人鬼。 鏡と言うならばアイツこそがそれに当たる。 「するって言うと何だ? 実は俺たちが親子だったとか言い出すんじゃねえだろうな、戯言遣い」 「そんな気持ち悪いこと例え戯言でも言わないよ」 「じゃあ、俺がお前の娘にそっくり似てるとかって話か」 「ぶっ殺すぞ」 「おおう、殺人鬼に随分なことを言ってくれるじゃねえか」 我ながら人の親にあるまじき暴言と危険な発言だとは思うが、人の親として聞き捨てならないことがある。 まあ、零崎がまるでここには居ないように語ったが、実際は眼の前にいる。 もともとあった予定が急遽なくなり、理由を調べているうちに偶然こうして出会ってしまったわけだ。 「お前、昔はもう少しレアキャラだったろう。 何でこんなに簡単にばったり会うんだよ」 「俺だって好き好んでこの国に戻ってきているわけじゃあないさ。 だけどな、最近あの最強の奴が海外で活躍すること多くなってきてな。 逆に日本に逃げ込んだほうが安全ってわけなんだよ」 「なるほどね。 だけど零崎、その理由ならちゃんと下調べはするべきだったな。 哀川さんは今日本に戻ってきているよ」 「マジかよ」 うわぁと天を仰ぐ零崎。 まあ零崎の立場を考えれば哀川さんを避けたい気持ちは分からないでもないが、あれから何年経っていると思っているんだ。 「いい加減にそろそろ和解も考慮に入れて腹を割って話してみたらどうだ?」 「馬鹿言うな。 俺の腹を物理的に割られておしまいだ」 まあ、無いとは言えない。 十分に有り得そうな結末でもある。 「お前もいつまでも流浪していないで、落ち着いたりはしないのか」 「そんな質だと思うか。 というか俺の予定ではここまで長生きする予定じゃなかったんだよ」 「それはぼくもだよ」 零崎と出会った頃のぼくは20歳にすらなれると思っていなかった。 「それがまさか結婚して、娘もできるなんて思いもしなかったさ」 「そしてその娘の反抗期を見るとも思わなかったってか?」 「やめろ。 断じて反抗期じゃあないはずだ。 ただ少し自立心が強いだけで」 顔を顰めるぼくを零崎は実に愉快そうにニマニマと笑ってみている。 先程までの意趣返しのつもりかこの野郎。 盾についてはややぼくに対しての言動がやや痛いところを突いてきたり、親元から離れて寮生活を送っているが、断じて嫌われているわけではないはずだ。 「親ってのは自分の子供の頃を棚に上げるとは聞くけど、お前もそんな感じだな鏡の向こう側。 反面教師ねえ、なるほどそういう鏡もあるわけだ」 零崎は実に楽しそうだ。 ぼくの苦悩がよほど起きに召したようだ。 「いやいや、鏡のお前がそんな真っ当な人の親になっていることに思うところはあるんだぜ」 「ふん、じゃあお前も親になったら放任すぎて嫌われるんじゃないのか」 「いやいや、親の鏡として尊敬されるさ」 零崎は自分でも思っていないであろうことを言って、大げさに手を広げて身を晒している。 「しかしまあ、もしもまかり間違って子供ができたとしたら、ある1点に関してだけはお前を見習っても良いかなとは思っているぜ」 「へー、それは一体何だ?」 「お前には絶対に会わせないようにする」 なるほど、それだけは人の親としては正しい。 「ところで、お前さんのその自慢の娘は今どうしてるんだ?」 「ああ、心配いらないよ。 今は友の実家に帰ってる。 哀川さんが車で撥ねたあとに連れて行ったみたいだ」 「いや、それは心配しろよ、人の親として」 寝言 2023年邂逅記念日SSです。間に合いませんでしたが、その分聖地での交流は楽しんできました。 |