久しぶりだね、私のこと憶えてる?
   私はあなたのことを憶えてないよ。




   

 ぼくの仕事は依頼人からの厄介事を請け負うことであるのだから当然なのだけれども、この依頼は果たして本当に受けてしまって良いのだろうか、という依頼が来ることもある。
 内容は多種だし事情は多様で何よりも守秘義務から具体的な依頼内容を明かすことはできないけれども、大雑把に概要だけ例を上げると人探しの依頼と言えばイメージしやすいのでは無いだろうか。
 依頼人の望みを基本的には叶えてあげたいところではあるのだけれども、依頼を達成した結果として不幸な出来事へと繋がってしまう可能性は否めないのだ。
 例えば、探し人が害を受ける場合。
 例えば、探し人が隠れている場合。
 ぼくが依頼を完遂したために誰かが不幸になるのは望むところではない。
 今更と言われようとも、今更だからこそ。
 そこを見過ごしてしまえば、ぼくがこの仕事を始めた初心を失うことになってしまう。
 だからと言って、この手の依頼をすべて断るわけにも行かない。 それもまた誰かの何かをしたいという初心に反する行いだ。
 信用問題ってところもあるけどね。
 この仕事は信用を失っちゃうと死活問題だからね。
 そういう現実的な問題もあり、誰かに会いたいという切実な願いになるべくなら請け負いたいところではあるのだけれども、二つ返事で請け負うわけにもいかない。
 利益、義理、親愛、偏愛、嫌悪、憎悪。
 様々な感情と思惑を依頼者が隠している場合がある。
 結局、この場合ぼくができることと言えば依頼を受け、探す対象と依頼人の関係などを調べ上げて、引き合わせて良いのかを決めるしかない。
 もちろんぼくの調査能力も十全ではないし、ぼくの判断力など不全も良いところだ。
 一体、今までぼくの決断と行動で、保留と躊躇でどれだけの災難に見舞われ、災厄を見舞ってきたことかぼくの欠陥だらけの記憶力でも忘れることはできないし、忘れてはいけない。
 繰り返すのはやめようと決めたのだから。
 幸いにしてぼくには仕事の手伝いをしてくれる友達がいるため、彼ら彼女らにも相談して判断させてもらっている。
 一人では出来ないことが多いぼくが誰かを頼るようになったのも、周りの人たちからすると成長、らしいのだけれども。
 話がずれたけれども、どうにか依頼者のあるいは失踪者の想いを協力して対応を決めている。  人探しに決して限らない話だけれども、ぼく一人では処理しきれない複雑で強い思いを持って依頼者はやってくる。
 ぼくはそんな強い思いを持って依頼された時に、あるいは依頼された仕事を終えた時に思うのだ。
 ぼくには果たしてそこまで強い思いを持って会いたいと願う人はいるだろうか。
 ぼくにも大切な人はいる。
 大事な人もいる、大恩ある人もいる。
 逆に嫌悪する人もいるし、嫌厭する人もいる。
 しかし好意を抱いている人たちには幸いに会おうと思えば会えるし、敵意を抱いている相手には会いたいとは思わない。
 わざわざ探してまで会いたい人間というとなかなか思いつかない。
 会いたいけど会えない人間がいないわけではないが、既に亡くなっているためどうしたって会うことは出来ない。
 残念ながらぼくらの世界観では怪異とか死後の世界というのは無いしね。
 仮に会えたとしても、向こうからしたらぼくなんかに会いたくないという人が大半だろう。
 生きている人間で、連絡が取れない知り合いと言えば……まあ、一人いなくはない。
 しかし、探し出してまで会いたいかと言えば、別にそこまでして会いたくはないと言うのが正直なところだ。
 別に嫌っているというわけではないし、どうせ元気にしているだろうとも思っているわけでもない。 どちらかと言えば死にかけていても不思議ではないし、既に死んでいても納得してしまうような奴ではある。
 それでもわざわざ連絡取らなくても良い。
 人との繋がりを、思い出を忘れないようにしようとしているぼくにしては珍しく、アイツについてはそう思う。
 どうせ忘れられるような存在ではないし、会うべ時には嫌でもまた会うのだろうと。
 だというのに。
「何で居るんだよ」
「かはは、久しぶりの再会だって言うのに随分じゃねえか」
 眼の前の零崎人識に悪態を吐いた。



   

 零崎人識。
 成人男性としては小柄な体躯。 白く染めた髪。 顔立ちは可愛らしいが、それ以上に顔面に大きく刻まれた禍々しい入れ墨が目を引く。 よく笑い、よく話す。 孤高を好むくせに人好きのする性格。 好みの女性のタイプは長身の女性。 京都を騒がさせた連続通り魔事件の犯人である『殺人鬼』だ。
 人探しの依頼を受けてぼくが出張した先で立ち寄った喫茶店で休憩と情報整理を行っていたところ、他に空いているのに近づいてくる人物がいると顔を上げてみたら、零崎が居た。
 いや、本当になんでいるんだよ
「かはは、何でって決まってるだろう。 喫茶店に来てすることって言ったら美味しい軽食と飲み物でゆったりした時間を満喫する以外にあるのか。 セコセコと忙しげに仕事なんてするのは喫茶店という場所に相応しくない真似は間違っても俺はやらないさ」
「そうかい。 だったら今この瞬間に頑張って仕事や勉強に勤しんでいる人達の手伝いでもして少しでも喫茶店の利用者を減らせば良い。 散々人様に迷惑を掛け続けた君なんだからそのくらいの善行を積んで支払っても良いだろう。 もっともその程度じゃあ君の負債はとてもじゃないけど返しきれないだろうけれどね」
「おいおい、常日頃世のため人のために欠かさずに善行を積んでいる俺に酷い言い草だなあ。 でもまあ、どうしてもって言うなら今すぐにお前を仕事の無い世界へと解放してやっても良いぜ」
「せっかくの気遣いだけれども遠慮するよ。 ぼくは君と違って途中で投げ出すようなことは好きじゃないんだよ。 君こそそんなに仕事や勉強嫌いだから自分自身に対する認識を間違えるんじゃないのかい」
「かはは、自分の性分を棚に上げて、請負人なんてやってるお前程には自分を見失ってないよ」
「これでも先輩請負人に天職だと保証してもらっているんだけれどもね。 異論があるならまずはその先輩請負人に言ってくれれば良い。 何なら今度ぼくから伝えておくよ、お前がぜひとも会って伝えたい事があるってさ」
「いや、それは本気で勘弁だな。 っていうか、アレを持ち出すのは大人げないぞ」
 本気で嫌がりながら、僕の正面の席に座る。
 まだ相席を許した覚えはないのだけれども、まあ拒否して素直に立ち去るとも思えないから仕方ないか。
「それで、結局お前は何でここにいるんだよ。 てっきりまた日本からは離れているかと思ったぞ」
「ああ、まあ離れては居たんだけどさよ。 伊織ちゃんがまた追い付いてきたもんだから灯台下暗しで日本に帰ってきたんだよ。 んで、適当にぶらついてたら店の中に知った顔を見つけてな。 久しぶりついでに奢ってもらおうと思ったわけだ」
「伊織ちゃんかあ。 ぼくはあまり直接は知らないけれども崩子ちゃんともたまに遊んでくれているらしいね」
「あー、あん時の美少女か。 もしかして今頃は背が伸びてとんでもない美女になってたりするのか」
「お前に対して崩子ちゃんに関する情報は何一つ与える気はない」
 ぼくには崩子ちゃんを守り育てる義務がある。
 こんな危険人物に一欠片だって情報を渡してなるものか。
「けっ、過保護なことだな。 まあ良いやまた追い付かれた時に伊織ちゃん経由で情報を仕入れるとするさ」
 なんてことだ。
 今度崩子ちゃんに言って情報を流さないように口止めするように頼んでおかないと。
 しかし聞いている話を考えると口止めが効果がある子に思えないんだよなあ。
「そうそう、伊織ちゃん経由の情報と言えば、最近耳を疑うような話を聞いたんだけどよ」
「何だよ。 最近哀川さんが合コンを繰り返してるって話か」
「え? マジで? あの最強の奴そんなことしてるのか?」
 恐らく珍獣を発見してもそんなに驚かないだろうという顔をする零崎。
 いやまあぼくも知った時は驚いたものだけれども。
 しかしまずいな、余計な話を広めてしまった。
 このことが哀川さんにバレるとぼくの立場が不味くなりそうだ。
「えーと、それならどんな話を聞いたんだ」
「あからさまに話を元に戻そうとしたな。 まあ良いや、そっちは後で教えろよ」
 どうにか本題の方が話を誤魔化せるような内容であることを願おう。
「お前さ、父親になっただって」
 しかし、零崎の言葉はぼくにとって誤魔化しに使うには難しい話題だった。
「ああ、うん。 これでも今のぼくは一児の父親なんだよ」
「一時の父親ではなく」
「少なくともぼくがあの子に縁切りを突きつけられない限りはね」
 いや、そんな事になったらマジでショックなんだけれども。
 世の中には娘に嫌われる父親というのは一定数以上居ると聞くので気をつけなければ。
「うわあ、マジだったかあ。 いや、それが俺とお前の一番の違いだとは思っては居たけれどもよ、いざ突きつけられると結構ショックだなあ」
 がっくりと、肩を落としながら天を仰ぐ零崎。
 まあ、自分の昔からの知り合いがそれも鏡面存在のような奴がいつの間にか父親になっていたと知ればこういう反応にもなるか。 きっと逆の立場だったらぼくは今後世界の何もかも信じなくなるかもしれない。
 零崎はしばらく「あー」と呻きながら天を仰いだ後に、こちらに向けた顔は既にあのニヤニヤした笑い顔だった。
「それで、どうなんだ、実際のところ」
「ん? 何がだよ」
「人間不信の人嫌い、ネガティブが服着て居るような自己嫌悪と自己憎悪の塊のような人間だったお前が、生きていることに絶望しか見ていなかった奴が、結婚どころか自分の子供まで出来たという状況をどう思ってるんだ」
「そうだな。 確かに大変なことが多いしこれから先うまくやっていけるのか、ぼくのような奴が本当に父親になって良いのか悩みはするけれども」
 人からの好意に好意を返せなかった奴が、人からの恩を仇で返してきた奴が、果たして本当に人の親になれるのか。
 散々人を不幸へと追い込み、地獄へと落としてきたぼくがそんな権利があるのか。
 何度も自問はした。
 結局のところ答えは出ないけれども、今のぼくがどうかと言えばそれは一言に尽きる。
「幸せではあるかな」
 例え資格がなくとも、ぼくは確かに幸せなのだと。
「はっ、そうかよ。 そいつは随分と普通の父親みたいなことを言うようになったな」
 ぼくの答えにつまらなそうに笑う零崎。
「あー、ここまで人の成長がつまらなく感じたのは初めてだよ。 ったく、随分と鏡も歪んだもんだ」
「人の祝い事にケチを付けるようなことを言うなよ。 いや、お前には祝われたほうがケチが付きそうか」
「ふん、口の悪さと性格の悪さは変わらないみたいで安心したぜ」
「お前も身長が変わらないようで安心したよ」
「ぶっ殺すぞ」
 かなり本気の殺気をぶつけてくる零崎。
 父親になった早々に、母一人子一人にするわけにいかないので、勘弁していただきたい。
「あー、くそ、今日はやけ食いだ。 責任持ってお前が奢れよ」
「ふざけんな、ご祝儀をむしろ寄越せ。 それにぼくはまだ仕事中だぞ」
「かはは、俺にそんな余裕あるわけ無いだろ。 まあ仕事の方は特別に手伝ってやるよ。 だから終わらせたら奢れよ」
「じゃあ、お前が結婚して子供が出来た時はぼくに奢れよ」
「良いぜ、この俺はお前と違ってそんなことは絶対にしないからな」
「もうフラグにしか聞こえないよ。 なんか明日明後日にはできちゃった婚とかしそうだな」
「お前は俺をそんな人間に見えてるのか」
 不服そうに言う零崎だがお前に誠実さを見つけろという方が無理がある。
「しかし、お前みたいな父親を持ったとなると、子供も大変そうだな」
「お前が言えたことかよ。 絶対俺のほうが良い父親になるに決まってる」
「父親になる想定事態を絶対に無いと否定していた奴が言うセリフじゃないな」
「仮の話だ、仮の話」
 そう言って零崎は店員さんを読んで注文を行う。
 本当にやけ食いする気かという量を頼んでいるがマジでぼくに奢らせる気じゃないだろうな。
「しかしなんだな」
 注文を終えた零崎はこいつにはしては珍しくしみじみと言った様子でぼくに目を向ける。
「お前みたいな欠陥製品が、幸せに家庭を持つなんて改竄されたおとぎ話以上に世の中ってのはゲロ甘なんだなあ」
 まあ、言いたいことはわかる。
 ぼくのような奴が幸せになるなんて普通に物語だったら批判の的だろう。
「あの狐野郎じゃないが、この世界に物語性なんてものがあるって言うなら、この物語はなんつうかーー」
「戯言だって言いたいのか」
 いいや、と零崎は特段に皮肉な笑みを浮かべて言う。
「傑作だな」
 




寝言

20年目の邂逅日。
彼らの物語に出会えたことが何よりも私にとっては幸せです。

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