何事もうまく行かないものだ。




   

 誕生日に何が欲しいか、そんなことを聞かれたのはあの家を出てからでした。
 それまでわたしが生まれ育ったところでは誕生日なんて言うものに意味はありません。
 いえ、その年まで生き残ったということ、さらに性能を向上させるための鍛錬を行えるという意味はあったのでしょう。
「また一つ年を重ねましたか。 ですが、まだ若い」
 それが自分を生んだ女が誕生日に投げかけてきていた言葉だった。
 闇口の仕事をこなすには、そのための修練を積むにはまだ足りないと言うことだろう。
 自分たちが生きる世界では子供とは更に高い性能の奴隷を作り上げるための手段でしかないのだ。
 しかしそれを言うなら「幼い」ではないかとも幼いながらに思ったことは憶えている。
 話がそれました。
 とにかくわたしにとって誕生日というのは生まれてきたことを祝われるようなイベントではなかった。
 ーーただ一人、異母兄の石凪萌太を除いては。
「崩子、お誕生日おめでとうございます。 また1つ成長したようで嬉しい限りです」
 そう言いながら、萌太はいつものように笑顔を浮かべてわたしの誕生日を祝ってくれました。
 幼い頃はその意味がわかりませんでした。
 誕生日を何回か迎えた頃に、世間には誕生日を祝う風習があるのだと知りました。
 そして更に誕生日を迎えるうちに、祝う萌太の笑顔の奥に焦りがあるのを感じました。
 萌太はわたしが幼いという理由で、本来なら行わなければならない『役割』を肩代わりしていた。
 そのことはわたしにとって大いに不服であったし、多くの不満があった。 もちろん感謝の念が全く無いわけでは無いけれども、非難の方が先に立つ。
 いえ、今はそれは関係のない話です。
 わたしが萌太に対していだいていた感情については、既に解決している話だ。
 厄介な請負人とお節介な殺人鬼2人に拉致されて、家出していた実家に強制的に里帰りさせられた時に整理が着いている。
 萌太が焦りを感じていたのはわたしが成長することで、わたしを庇え切れなくなることを懸念していたのでしょう。 どれほどに萌太がわたしの分の仕事を奪おうとも、わたし自身が成長していけば庇うことは出来なくなる。 わたしの成長を心から喜ぶとともに何時まで守れるかを考えていてくれたのだろう。
 結局、萌太の思惑もあの人が大厄島に帰ってきたことで消えてしまったわけだけれども。
 だから、結局のところわたしの誕生日は気兼ねなく、気掛かりなく祝ってもらえたのはあの島を出て、京都のあの古びたアパートに住めるようになってからだった。
 最初は戸惑いのほうが強かったけれども、それでも今から思えばわたしは嬉しかったのだろう。
 その感情を表す方法も、受け止める方法も分からなかったわたしはただただ戸惑い、祝いがいのない反応をしていたと思います。
 それでもアパートのみんなはわたしの誕生日を惜しげなく祝ってくれました。 分かりにくかったですが、恐らく戯言遣いのお兄ちゃんも。
 いえ、戯言遣いのお兄ちゃんについてはもしかしたらわたしの希望による思い出の美化が含まれている可能性もありますが、それでも祝いの場に来てくれていました。 騒がしいのを嫌うあの人が参加してくれていたというだけで多少は自惚れても良いでしょう。
 ですが、そんな誕生日もすぐに終わりを迎えてしまいました。
 萌太が死んで。
 それ以降は萌太がいない誕生日となりました。
 萌太がいなくなっても、わたしには誕生日が訪れる。
 萌太がいない誕生日なんてものは祝福される誕生日以上に想像していなかった自分に驚きました。
 萌太と同じ年齢になった時の誕生日は、ずっと不安定な気持ちでした。 いつもは戯言遣いのお兄ちゃんに抱き枕にされていますが、その日はわたしがお兄ちゃんを抱き枕にして寝てしまうくらいには。
 当たり前のことですが生きている私は歳を重ねていく。 死んだ萌太はそのままなのに。
 そのことに耐えきれない苦しさを感じることはあります。
 耐えることができている一番の理由は皮肉なことに萌太との思い出がわたしの中で生き続けているから。
 今まで萌太が誕生日を含めてわたしにくれていたお節介が、私がくじけることを許しませんでした。
 いつか、もしかしたらこの苦しさも薄れて感じることがなくなってしまうという方がわたしにとっては恐怖でもあります。 そんなことは無いと言い切れますが、私の中の萌太が消えてしまうのは何よりも恐ろしい。
 まったく、自分のことながらあの生みの親ーー六何りっか我樹丸がじゅまるに対してああも啖呵を切っておきながら、そんな心配をしているなんてお笑い草です。 魔女のお姉さんから教えてもらった言葉で言えば大草原です。
 だからなのだろう。
 そんな弱いわたしだからなのだろう。
「崩子、お誕生日おめでとうございます。 また成長したようで嬉しい限りです」
 こんな未練がましい夢を見るのだろう。



   

 自分の目の前いつものように穏やかな笑顔を浮かべる兄ーー石凪萌太の存在でこれが夢であることを確信する。
 それはそうだ。 何せ何度も言っているように死んでいるんですから。
「なんのつもりですか」
「聞こえませんでしたか? 妹の誕生日を祝っているのですよ」
 久しぶりに見るその笑顔に腹が立つ。
 よりにもよってこんな夢を見るほどに自分は弱くなっていたのか、と。
「そこは久しぶりでもこうしてはっきりと姿を夢に見ることができることを嬉しく思ってほしいですね、兄としては」
「そこは未だに亡くなった兄を夢に見る妹を案じてほしいですね、兄として」
 あと声に出してもいないことを読み取らないでほしい。 そんなのは哀川さんだけで十分です。
 いえ、これはわたしの夢なのですからわたしの思考を読み取った反応するのは当たり前ですか。
「夢の中のに夢がありませんね。 僕が死神なのだから魂だけ会いに来たとは思わないのですか」
「思えません」
「やれやれ、即答ですか」
 わたしの厳し目の対応に萌太はいつものーー懐かしい楽しそうな笑みを浮かべているのだ。
 果たして、私はその顔をはっきりと見えているのでしょうか。 薄ぼんやりとだけ浮かんでいるものを補正して見えているつもりになっているのか。 こんな風に考えるわたしは夢がないと言われても仕方ありませんね。
 ですが、わたしだって夢を否定したいわけではありません。 もし本当に嫌なら夢だと自覚した時点で起きるという選択をできるくらいにはコントロールできます。
 それなのに未だに夢を見ているのは未練なのです。
 わたしが萌太と話したいという願望の反映に他なりません。
「いー兄は崩子のことを聡いと思っているようですが、その不器用なまでの頑固さは聡いとは言い難いですね」
「わたしが愚かであることはわかっています。 萌太は私に嫌味を言うためにわざわざ化けて出てきたのですか」
「そんな訳がないでしょう。  僕が化けて出た理由なら最初に言ったでしょ」
 やはり聞こえてなかったのですかね、と変わらない穏やかな笑顔を浮かべながら軽く肩をすくめる萌太の姿。
 やれやれと首を軽く横に振るのに合わせてサラサラと揺れる髪。
 かつては見上げていたそれらが、今はかなり近い視点で見ることができる。
 はっきりと見て取れる。
 やはりそれは夢による補正かも知れない。
 ただの思い込みの思い違いかも知れない。
 それでも未だに自分が萌太の姿をはっきりと思い浮かべられるということに嬉しさが込み上げきます。
 そんな想いをわたしは夢の産物とは言え、萌太に気取られたくなくて押し殺します。
 夢の産物故にそんなことは無駄だと分かっていても、萌太にそんな弱みを見せたくないという意地は捨てられない。
「どうしましたか、崩子。 今度は顔を背けて。 久しぶりなのに悪態を吐かれた挙げ句にそっぽを向かれると割りと傷つきますよ」
「……なんでもありません」
 わたしの夢である萌太はどうせ先程のようにわたしの思いなど筒抜けでしょうに、飄々とする萌太に腹を立てながらもう一度萌太へと向き直る。
 ああ、本当に目線が近くなった。
 流石にまだ少し見上げるくらいの身長差はあるものの、それでもあの頃と比べたら目線が近い。
「大きくなりましたね、崩子。 いー兄は約束を守ってくれているようで良かったです」
 約束と言っても僕が一方的に願ったものですけれどもねーーと良く分からないことを言って笑う萌太。
 わたしの夢なのになんでわたしに分からないことを言うのか。 それがわたしの中の萌太像だということなら納得ですけれども。
「戯言遣いのお兄ちゃんは他人のために動く人ですからね。 重荷を背負わせてしまったのは申し訳なく思っていますが」
 萌太の約束のことだけではない。
 あの日病院で戯言遣いのお兄ちゃんに泣きつきながらわたし自身の言葉で「見捨てないでください」「同情してください」と縋ったのだ。
 戯言遣いのお兄ちゃんはそれを受け入れてくれたけれども、あの人が背負っている重荷を増やしてしまったことに申し訳無さを感じます。 本当だったら、あの人がこれ以上重荷を背負わないように助けたかったはずなのに。
「そうですね。 結局僕はいー兄には何もお返しすることができませんでした。 借りだけを一方的に作ってしまいました」
「まったくです。 その分はわたしが返せれば良かったのですが」
 今では戯言遣いのお兄ちゃんのお仕事をお手伝いさせていただいていますが、とてもでないですが背負わせてしまった重荷以上の手伝いができてるとは思いません。
 それに戯言遣いのお兄ちゃんを手伝っているのは何も私だけというわけではありません。
 戯言遣いのお兄ちゃんを支えたいと思っている人達は結構多いということをここ数年で改めて実感しています。 戯言遣いのお兄ちゃん自身も昔はその手を払い除けていましたが、今は差し伸べられた手を取ってくれるようになりました。 色々と成長し変わった戯言遣いのお兄ちゃんですが、その中でも一番嬉しい成長です。
 我ながら保護されている身でありながら保護者目線の感想になってしまうのはおかしい気もしますが、落ち着いたとは言え放っておけないところは変わらずですからね。
「妹に負債を残す兄にはなりたくなかったのですけれどもね」
「そのくらいは背負えるくらいには成長しましたよ」
 萌太が死んでいる間に。
 本当は全然返せてなど居ないのですが、夢の中であっても萌太相手には見栄を張らせてもらいます。 成長していると萌太に示したかった。
 ああ、そんなわたしの想いを反映してなのでしょう。 先程から夢の中の萌太がわたしの成長を喜んで見せてくれているのは。
 兄に自分の成長を喜んでもらいたいとは、まだまだわたしも子供ですね。
 それとも今までなら意地になってそんな願いを意識していなかったのを自覚できるくらいには大人になったということなのでしょうか。
 いずれにせよ、わたしの満足のために萌太は夢に引っ張り出されたと思うと少しは申し訳なく感じます。
 しかしそれももう終わりです。 萌太にわたしの成長を見せて褒めてもらった以上、もうこの夢も終わりの時間でしょう。
 惜しいという気持ちが無いわけではないですが、いつまでも思い出に縋り付いているわけにもいきません。 何せ私は生きているのですからこれからも進んでいかなければなりません。
 そのためにこの夢を終わらす役割まで萌太に押し付けるわけにはいきません。 お別れの言葉はこちらから切り出すべきでしょう。
「それで、わたしの成長を見届けたのでもうお別れでしょうか」
「いえ、まだ肝心の用件を済ませていません」
 しかし、わたしの意を決して発した言葉を萌太はやんわりと否定しました。
 と言いますか、え? 今の否定するところでしたか。 肯定してそのまま目覚めへ向かうところじゃあなかったのですか。
 肝心な用件ってわたしの成長を確認することでは無いのですか。
「いえ、それも大事な用事ではあるのですが、誕生日ですからね、それだけではないのですよ」
「そ、それだけでないって、他にどんな用事があると言うのですか」
 完全に予想を外したことと、それを口に出してしまったことへの同様と気恥ずかしさに言葉に一瞬詰まってしまいます。
 いえ、しかし誕生日の日に萌太の夢を見る理由なんて他に思いつきませんが、何があると言うのでしょうか。
「崩子、誕生日おめでとうございます。 何か欲しい物はありますか」
 戸惑うわたしに萌太が答えを明かします。
 明かしてはくれましたが……。
「は? 何です? 欲しい物?」
 意味が咄嗟に理解できず、戸惑いは強くなるばかりです。
 いえ、もちろん言っている意味は分かりますし、アパートの皆さんからは同じようなことを聞かれたことはあります。
 しかし、そんな欲しい物なんて萌太から聞かれたことはありませんでした。
 家出している身なので経済的に厳しいこともそうなのですが、萌太はとにかくわたしに必要以上に物を与えない教育方針でしたので、誕生日を祝われたことはありますしプレゼントをいただいたこともありますが、欲しい物を聞かれたことなんて一度も無かったはずなのに。
「さすがにそこまでの反応を見せられると、生前の僕の教育方針について少し思うところが出てしまいますね」
「いえ、それについてはもっと色々と思って欲しいところです」
「おや、急に冷静に突っ込んできますね」
 お陰様で、です。
 守り育ててくれたことは感謝していますが、不満がなかったわけではないのです。
 しかし、萌太に誕生日プレゼントをねだるなんて褒めてほしい以上に子供っぽいではありませんか。
「これはですね、崩子。 僕の未練なんですよ」
 萌太はそう言って、彼には珍しい少し自嘲的な笑みを浮かべました。
「崩子を守ることが第一でしたからね。 崩子の希望はあえて聞いてきませんでしたので、成長した崩子に聞いておきたいと思いまして。 もっとも今となっては聞いてもプレゼントすることはできませんが」
「……夢の中なのですから、都合良く出したら良いんじゃないですか」
「そう都合良くはいきませんよ。 それに夢の中で渡しても現実には持っていけませんからね」
 死神でもそこまで都合良くはないのです、と肩を竦めて笑う萌太にわたしは何も言えなくなります。
 何を言っているのだろうと言うのもありますし、何を欲しいと聞かれて思い浮かぶものが無いというのもあります。
「本当に、遅いにも程がありますね」
 それでも沈黙だけは避けたくて、どうにか悪態だけは吐く。
「言っておきますが、成長したわたしは結構強欲ですよ。 萌太が死んでからはアパートの皆さんに色々としてもらっていますし、不本意ながら哀川さんにも遊びに連れ出されてますからね」
 アパートの皆さんについては言葉通りですが、哀川さんについては何というか遊びに連れ出されるというか、半ば拉致に近い場合もあれから多々ありましたが。
「哀川潤さんですか。 あの人もしっかり依頼をこなしてくれたようで感謝ですね。 いえ、もちろん依頼を先払いした以上は仕事をしていただかないと困るのですが」
 そう言えば、最初の拉致は萌太の誘拐がキッカケでしたね。
 結局、報酬はどのように払ったのか伺っていませんでしたが、夢の中の萌太に聞いたところで私が知る以上の情報は帰ってこないので聞くだけ無駄なのでしょう。
 その答えが誕生日プレゼントだと思われても困りますし、もし聞いてまた哀川さんとの間に軋轢が生まれるのも望ましくは無いですから。
「しかしまるで昔は謙虚だったかの物言いに兄としては一言、二言でも言いたくなりますね。 昔から崩子は結構欲張りだったと思いますよ」
 いー兄を始めアパートのみんなとのことについては特にね、と笑う萌太に、悔しいですが言い返せる要素はありませんね。
 しかしそれは萌太も同じでしょうに。 だからこそわたしたちはあの日に戯言遣いのお兄ちゃんと一緒に行動し、そして死に別れたのですから。
「まあそうですね。 ようやく出会えた本当に繋がれる家族ですからね。 どうしても執着が強くなってしまいますね」
「それが分かっているなら、もう欲しいものはいただいていると分かりそうなものですが」
 萌太がくれた思い出の数々に、萌太が連れ出してくれたお陰で出会えた家族と言える人達。
 これ以上を萌太からもらおうというのは流石にやりすぎでしょう。
「いえ、そういうのではなくもっと即物的なものを教えて欲しいですね」
 あっさりと否定してくれる萌太に思わず恨みがましい目を向ける。
 真面目で恥ずかしいことを考えていた照れくささはを含めて睨みたくもなります。
「即物的って、普通こういう時は逆じゃありませんか」
「残念ながら僕たち兄妹は普通ではなさそうですからね」
 それはそうですが、こんな時まで普通から外れる必要性も無いと思うのですが。
「そう難しく考える必要も遠慮も不要ですよ。 何せ実際にはプレゼントできないんですから」
「身も蓋もありませんね。 でしたら何のためにわたしの欲しい物を聞いたのですか」
 自分の夢ながら理解に苦しみます。
 一体何が目的なのか、何をしたいのかさっぱりと分かりません。
「ですからね、崩子。 これはただ守りたい固めに妹を束縛していた兄が、そう言えば妹はどういう物が好きなのかを誕生日プレゼントを理由に知りたいだけという話なんですよ」
 いー兄を始めアパートの皆が好きだとか、小動物の殺害が趣味とかというのは知っていますからねと言う。
「いえ、なんですかそれは。 全然わたしの誕生日を祝う気が内でではありませんか」
 散々成長だの恥ずかしいだの言っておいてなんですが、わたしの誕生日のために迷いでた訳ではないというのは結構な不満なのですが。
「今の崩子は一体どういったものに興味があるのか教えてくれませんか」
 悪びれもせずにそんな事を言う萌太にわたしは当てつけるように大きなため息を付いてから、口を開く。



   

「崩子ちゃん、おはよう」
「おはようございます。 戯言遣いのお兄ちゃん」
 朝、アパート前に出ると仕事から帰ってきた戯言遣いのお兄ちゃんと会いました。
 もっともそろそろ帰ってくるだろうと待ち構えていたので、偶然であったという風に語るのは戯言遣いのお兄ちゃんと同じく嘘つきと言われても仕方有りませんね。
 毎回のことなので他の皆さんにはバレている嘘ですが、鈍感な戯言遣いのお兄ちゃんには未だにバレていないようです。
 しかし今日は何故か少し不思議そうにわたしを見ています。 もしかしてついに見計らって出てきたのがバレたのでしょうか。
「どうしかしましたか?」
「いや、何だか今日はずいぶんと機嫌が良さそうだけど、何かあったのかな、と思って」
 ああ、なるほど。 そちらでしたか。
 鈍いのだか鋭いのだか分かりませんね。
「今日は少し楽しい夢を見ましたので」
「ああ、そうだったんだ。 うん、良い夢が見れたなら良かったね。 何せ今日は崩子ちゃんの誕生日だからね」うんと頷いた後に「少し遅れちゃったけど、誕生日おめてとう。 崩子ちゃん」
「ありがとうございます、戯言遣いのお兄ちゃん」
 しっかりと忘れずに居てくれたことが嬉しくて素直にお礼を言う。
 自分のことながらなんて簡単なんだろう。
「今日は確かアパートの皆でパーティだったよね。 忘れずに行くけど、その前に後始末と一眠りさせてもらうよ」
「はい。 お努めお疲れ様です」
「うん。 じゃあまた後でね」
 そう言ってアパートの中に入っていく戯言遣いのお兄ちゃんを見送っていると、何か思い出したように止まりこちらに振り向いてきた。
「そう言えば、プレゼントは用意してあるんだけど、バタバタして希望を聞くことができなかったね。 少し時間もあるし何か欲しい物あれば一緒に買いに行こうかと思うんだけど、崩子ちゃんは何か欲しい物とかあるかい?」
 戯言遣いのお兄ちゃんのその言葉に、今朝の夢を思い出して思わず吹き出して笑ってしまいました。
 わたしの珍しい姿に戯言遣いのお兄ちゃんが驚いたように見ているが、その表情もあってしばらく笑い続けてしまいました。
 あー、今朝の夢といい、アパートの皆さんと言い、本当にわたしは幸せものですね。
 わたしはひとしきり笑った後に、笑顔のままでわたしの即物的な願いを口にする。

「そうですね。 わたしに来てほしい服を選んでください」





寝言

大遅刻の崩子ちゃん誕生日SSでした。
まあ落ちについては後日談の彼女の様子から色々とオシャレしているというか、させられているようなので。
何はともあれ、遅くなりましたがーー崩子ちゃん誕生日おめでとう!

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