何事もうまく行かないものだ。




   

 子は親を選べない。
 親は子を選べない。
 なんていうけれども、果たして仮に選べる権利が合ったとして、選り好みできる権限があったとして、果たしてそれを行使するのだろうか。
 子は親を選択し、親は子を選別するのだろうか。
 だけれども仮にそんな権利が有ったとしても希望がいつだってすべてが叶えられるわけではない。
 生まれてくる子供には限りがあり、産む親には限界がある。
 先着なのか抽選なのかは分からないけれども、希望が叶わないこともあるだろう。
 希望が叶わなかった場合はどうするのだろうか。
 妥協するのだろうか。
 次の機会まで保留するのだろうか。
 それとも生まれることを産むことを拒むのだろうか。
 産むことを拒むことは現実的にあり得るが、生まれてくることを拒むことはできるのだろうか。
 それは、希望が叶わなかったときにしか使用できないものなのだろうか。
 かつてのぼくならぼくが生まれてきている時点でそんな選択権など無いと言っていたことだろう。
 別に今はそんな選択権があるなんていうことを考えているわけではない。 念の為。
 ただ、これはぼくの心情の変化なのだろう。
 青い彼女に出会い、橙のアイツと出会い、赤いあの人に出会い、気が付けば多くの友達に恵まれた。
 そしてーー青い彼女と結ばれた。
 今のぼくは生まれてきたことを後悔するなんて許されないし、したくはない。
 とは言え、生まれてきたことを間違えだと思っていた時分も、決して親に対してなぜ産んだのだと恨んだことはない。 以前に零崎の奴と話もしたがぼくのような者が子供になってしまい申し訳ないという気持ちはあった。
 ぼくの両親は取捨選択できる権利があったらぼくを産んでいたのだろうか。 正直、ぼくのような子供を好き好んで産むとは思えないが、それでもぼくがそう思うのはやはり違うのだろう。
 子供が親に対してそう思っているという時点でそれはーー。
「いーちゃん、さっきからじゅんちゃんを見てぼーっとしているけどどうしたの」
 ぼくの思考はふいにかけられた声に中断された。
 振り向くと長い黒髪に黒と青のオッドアイの女性がこちらを不思議そうに見ていた。 見ていたと言ってもその目はほとんどの視力を失っているわけだけれども。
「なんだよ、人聞きが悪いな。 ぼくはただ愛娘を愛でていただけだぞ」
「ふぅん? そんな風には見えなかったけれども、いーちゃんが言うならそうなんだろうね」
 良く見ている。
 視力を失ってもお見通しらしい。
 そして昔から変わらず、ぼくが嘘つきだと知っていながらも全面的に信用してくれているのは何とも心苦しい。
「まさかね。 いーちゃんが愛する妻に対して、大事な愛娘のことについて嘘を言うわけないからね」
「……」
 訂正しよう。
 昔に比べてかなり逞しくなったようだ。 これが母は強しと言うことなのだろうか。
「ちょっとね。 ぼくはちゃんとこの子の父親をやれるのかなって思っただけさ」
「それは今更だね」
 まあそのとおりだ。
 そんなことを生まれてから思い悩むなんて、それこそこの子への不誠実というものだろう。
「うーん、それはどうだろうね。 音々ちゃんなら親として思い悩む方が真っ当だって言いそうだけど」
「そうだろうな」
 もっともあの人ならもっと説教的にそして容赦ない言葉で言いそうだけれども。
「潤ちゃんなら殴るんじゃないかな」
「……そうだな」
 いつもより強めに殴るだろうことが容易に想像がつく。
「だけど、昔よりはマシになったっとは思うけれども、それでもぼくのようなのが父親でこの子は将来、悔やむことがあるんじゃないかと思ってね」
「うーん、それは後悔もするんじゃないのかな」
 ぼくの悩みを友はあっさりと肯定した。 いや、結構真面目な悩みだったんだけども軽く認めないでくれますか。
「いやー、僕様ちゃんも真っ当な親子関係じゃなかったし、今まで親子関係なんて言うものに興味も示してこなかったわけだから説得力は無いけれども大体の子供は思うみたいだよ。 生まれてきたことやこんな家に生まれてきたことへの後悔って」
 特に娘が父親に対してねー、なんて一言を付け足して笑う。
 まったく、本当に逞しくなったものだ。 あの純粋しかなかった天真爛漫でお気楽なーーそう生きるしかなかった女の子が。
 成長してやる、なんて言ったけれども、ぼくが友を置いて勝手に先に進んだなんて避難もされたけれどもーー気が付けばあっという間にまた並ばれた、否、抜かされてしまった。
「そうだよなあ。 結局のところぼくはぼくで思うこの子のためにできることをやっていくしか無いか」
「あんまり思いつめないで周りに相談もしないとね。 なにせ僕様ちゃん達は人としては二人合わせても半人前以下だしね」
 それもまた、その通りだ。
 周りに頼らずに勝手に動いて良い結果になったことなどぼくの人生には無いのだから。
「うに。 じゃあ真面目な話はここまでにして、明るい話題に切り替えよう」
 そう言って友はぼくの腕にかなり強めに抱きついてきた。 その行為自体は嬉しいのだが、何分いきなりだったのでかなり痛い。 全体重を掛けてきているんじゃないかという抱きつきに脱臼しやすくなっているぼくの肩はまた外れそうだ。
「今日の主役はいーちゃんなんだからね。 じゅんちゃんだって大事な日にパパが暗いこと考えたらそれこそ嫌われるよ」
 他のみんなだって待っているんだから、そう言って友はじゅんを抱き上げてぼくに寄せる。
「それは勘弁願いたいな」
 『生きているだけで迷惑だ』とも言われた。 『早く死んだ方が良い』とも言われた。 ぼく自身も何度もそう思った。
 だけど今なら言い切ろう、それでもぼくは「生きたい」と言おう。
 ぼくが居なければこの小さな命が生まれてこなかったと言うなら、他の誰にどれだけ恨まれようと。
 友達の狐さんなら「お前が居なくても別の代替が同じくとをしたさ」とでも言うだろうけれども。
「ぼくが主役って言うならさ、じゅんを抱き上げさせてくれないか」
「もちろん良いよ。 それがいーちゃんへの誕生日プレゼントってことで良いのかな」
「いや、誕生日プレゼントは娘に嫌われない父親になる方法が良いかな」
「それは難しいなあ」
 そんな他愛のない会話をしながらぼくら3人は歩いて行く。
 これかから先も生きていることを恨まれて、生まれてきたことを疎むこともあるだろうけれども、それでもぼくは死にたくはないと思う。
 ぼくら3人で生きたいと強く思った。





寝言

いーちゃんの誕生月SS、2021年。
3月に間に合わなかったあああああああああああ。

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