「お前っていつまでも変わらないよな」
   「それはお前の見る目が変わらないんじゃないのか」




   

 ぼくの仕事ーー請負人は大まかに分類すれば自営業ということになるのだろうけれども、そもそもが一般的な仕事ではないのだろう。
 一応代表取締役はいるものの会社として設立しているわけでもない。
 当然ながら他の仕事と比べてのメリットとデメリットは当然ある。
 メリットの1つは、まあ割と時間に縛られないところだろう。
 仕事の内容的に決まった時間があるわけではないので割と自由に動くことができる。
 もちろんそれは逆に言えば時間が不定期で定時なども無いというデメリットにもなるわけだけれども。
 さて、デメリットは言うまでもなく、この安定の無さだ。
 時間についてもそうだし、収入だって安定しない。
 仕事が無ければ、収入は当然のように入ってこない。
 ぼくのような仕事は暇な方が世の中が平和な証拠と言えるほどぼくは残念ながら達観していない。
 なにせ今の塔アパートはかつての骨董アパートと比べて家賃が跳ね上がっているのだ。
 あそこはぼくの居場所であり家だ。 大家には申し訳ないが目論見通りに出ていくつもりはない。
 お金が無いのは首がないのと一緒という言葉に対して、首なんて切ろうが回そうが何の価値もないなんて言った奴がいるらしいけれども、いやはやそいつは現実というものを分かっていないと言わざるを得ないな。
 ーーいや、戯言だけどね。
 今回もその安定の無さが如実に現れた。
 依頼人との待ち合わせ場所に赴いたぼくを待っていたのはいるはずの相手が居ない空白だった。
 つまりは誰も待っていなかった。
 最初は遅れているのかとも思っていたのだけれども、そのうち連絡用の携帯電話に依頼主から今回の仕事についてキャンセルしたいとの連絡があった。
 まあ仕方あるまい。
 この仕事をしているとそういうことは珍しくはない。
 今回は問題が解決したためのキャンセルとのことなので、ひとまず良しとしておこう……と、普段なら思えるのだが、今回は少し間が悪かった。
 突如出来た開いた時間にぶらりと本屋に立ち寄ったのがまずかった。
 なぜぼくはさっさと愛しい家族たちが待つアパートへと帰らなかったのだろうか。
 そうすればこんな最悪な出会いをせずに済んだというのに。
 沸々と湧き上がる後悔。
 鬱々と積み上がる自責。
「ブツブツと愚痴ってんじゃねえ。 しかも本人に丸聞こえだぞ」
「そりゃあ聞こえるように言ってるからね」
 ぼくは偶然にもばったりと出会ってしまった眼の前の顔面入れ墨野郎ーー零崎人識に向けて悪態をつく。
 いや、なんでいるんだよ、お前。
「かはっ、ひでえな。 それが久しぶりにあった恩人への言葉かよ」
「恩人? おいおい、ぼくのような善良な人間がお前みたいな凶悪な奴にどんな恩があるっていうんだ」
「何度、お前の命を救ってやったと思ってるんだ? 多分、お前が命の危機の時に助けに来た回数なら俺が一番多いかもしれないぞ」
 うん、まあ、癪だけどそうかもしれない。
「ったく、仕事をドタキャンされたからって俺に当たるなよな」
「バカ言うな。 ぼくがそんなことでお前にキツく当たるわけ無いだろ。 ぼくはいつだってお前に対しては誠心誠意込めて当たってるつもりだぜ」
「テメェ、俺の方こそ誠心誠意込めて殺さず解らして並べて揃えて晒してやろうか」
 いや、死ぬだろそれ。
 どうやって殺さずにやるつもりなんだ。
 まあ、方法があっても知りたくもないし、体験もしたくはないが。
「しかしまあ、テメエの都合で呼んでおいて、急にキャンセルとはな。 そんな奴じゃあ今後も何らかのトラブルに巻き込まれて泣きついてくるんじゃねえの」
「仕方ないさ。 今回については問題が解決したってんだから、確かにぼくの出番はないさ。 何かあればそのときにはまたご贔屓にしてもらうよ」
 そんなもんかねえ、と零崎は興味なさそうに肩をすくめる。
 まあ、実際ぼくの仕事ぶりについては興味なんて無いだろう。
 失敗談くらいなら喜んで聞くかもしれないけれども。
「そういうお前はなんでここにいるんだよ。 また良からぬことをしてるんじゃないだろうな。 たまに潤さんや崩子ちゃん経由でお前の妹から捜索依頼が来るんだから少しはおとなしくしてろよな」
「あー、それこそ適当にあしらってくれりゃあ良いんだけどな。 ったく、まさか今回もその依頼を実は受けてるんじゃないだろうな」
「いや、今回は受けてないよ。 だからこそ偶然あって嫌な思いをしてるんじゃないか」
 嫌な思いとか言ってんじゃねえよ、と多少安心したような笑みを浮かべて零崎は言う。
 ふむ、どうやら零崎一賊に家族は居ない、という零崎だけれどもあの『妹』の存在は色々と思うところがあるのか弱いようだ。
「今、テメエこそ良からぬことを考えなかったか?」
「いや、そんなわけ無いだろう。 ぼくが何か良からぬことを企むなんてそんなことはありえないさ」
 はっきりと否定するぼくを零崎は胡散臭い目で見る。
 明らかに信用していないな。
「まあ、良いや。 俺がここに来たのは特に理由はないよ。 なんとなくの放浪中だ」
 ふぅん? 面倒臭さそうに答える零崎にぼくは深くは突っ込むのはやめておくことにした。
 人に関わるようにしたとはいえ、土足でヅカヅカと入り込む気はない。
「そうかい。そりゃあ重畳だね。 じゃあな久しぶりに会えて良かったよ、ばいばい」
「待て待て待て」
 さっそうと立ち去ろうとするぼくの肩を掴んで零崎が止めてくる。
 ちっ、このまま帰りたかったけど駄目だったか。
「なんだよ。 ぼくはもう用がないんだから家に帰りたいんだけれども」
「どうせ仕事がキャンセルになって時間があるんだろうから、ちったあ付き合えよ」
「嫌だよ、友達だと思われるだろう」
「そりゃあ、俺だって御免だけどな。 しかしまあお前の近状も気なるのは本当なんだよ」
 ニヤニヤと笑いながら言う零崎にぼくは鬱陶しそうに手を払う。
 お前が気になるのはぼくの近状というよりも、ぼくの失敗談とかそういうのだろうに。
「なんだ、わかってるじゃねえか。 飯くらい奢ってやるから行こうぜ」
 やれやれ、どうにも逃れることはできなさそうだ。
 鏡の向こう側なんだから立ち去れば消えてくれても良さそうなものなのにな。
 まあ、仕方ない。
 時間があることは事実だし、せっかくだから前向きに気持ちを切り替えていこう。
 前向きになるのは未だに苦手だけれども気持ちの切り替えは得意だしね。
「じゃあ、せっかくだし満漢全席でも奢ってもらおうかな」
「贅沢言うな。 さっきミスド見つけたからそこ行くぞ」
 まあたまには零崎とも特に事件も問題もなく、話すのも良いだろう。
 鏡合わせのお互いに変わったところ変わらないところの自己確認だ。
 しょっちゅうはごめんだけれどもね。
 




寝言

間に合わなかったああああ。
そんなわけで久しぶりに邂逅日記念SSを描いてみました。
久しぶりなので特にテーマもなくただ二人がダベるだけですが。

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