物語は人によって創られるが
   物語が人を作ることもある。




   

 人は変わらないことをさも悪のように語る。
 だけれども同時に変わってしまうことを悲劇のようにも語る。
 だとすれば人はどうすれば良いのだろうか。
 変わることも変わらないことも許されず、進行も停滞も拒まれ、成長も膠着も撥ね付けられた人はどこへ行けば良いのだろう。 あるいはどこに留まれば良いのだろう。
 否、行くことも留まることも拒絶されているのだ。
 行くも地獄、引くも地獄どろこではない。
 留まるも奈落だ。
「おいおい馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。 言葉遊びはお前のほうが得意だろうが。 変化と進行と成長は別物だし、普遍と停滞と膠着は別種だろ」
 そう言って僕の考えを笑いながら否定するのは凡そ停滞とも膠着とも普遍とも無縁そうな男だった。
 老人のそれとは異なる白で染め上げた髪に、耳に連なる常軌を逸したピアスとストラップ、そして何より正気を疑うような禍々しい刺青をした顔面。
 普通ならまずお近づきになりたくない相手と、僕は今なぜかこうして向き合って話している。
「お前、今かなり失礼なことを考えてなかったか」
 見事にこちらの心中を読み取られた。
 そうだった。 見た目に反して意外に勘が鋭いんだった。
 とは言え、ここで素直に認めてしまうと酷い目に遭うので否定しておく。
「まあ、良いけどな」
 かなり疑わしい目で見ながらもそれ以上は追求してこなかった。
 正直、この顔にその目を向けられるのはかなり応える。
 それは彼の異様な相貌だけが原因ではないのだろう。
 まったく似ておらず、かけらも合致点がないはずなのに見慣れた顔に良く似ているからだ。
 否定ついで僕が言葉遊びに長けているなんていう不名誉な見解についても否定しておく。
 僕はどちらかと言えば口下手なのだ。
「はん、そうかよ。 この嘘つきが」
 また失礼な話だ。
 まあ、僕が嘘つきなのは否定しない。
 だけど、本題は僕がどういう奴かという話ではないはずだ。
 変化と進行と成長が別物だとして、普遍と停滞と膠着が別種だとして。
 だとしたらどれが許され、どれが許されないのだろうか。
 どれが許容され、どれが否定されるのだろうか。
「んなこと知るかよ」
 無情にも僕の疑問は切り捨てられた。
 切り刻まれた、の方が相応しいか。
「おまけにそれっぽいこと言ってるが、ようはお前は自分の進路が決められずに悩んでるだけじゃねえか」
 おまけに切り込まれた。
 しかし、そうもはっきり言われるとなんだか一気にショボくなる。
「かはは、悩みなんて大抵ショボいもんだろうが。 ショボくない悩みなんてあるもんかよ」
 それはいくらなんでも暴論に過ぎるだろうけれども、言いたいことは分からなくはない。
 言い訳する余裕のある悩みなんて大抵ショボいものだ。
 特に僕のようにもう答えは出ているのに、それから避けるように悩んでいるようなのは。
「大体テメエは変化だろうか不変だろうが何だって良いけどよ、他人の許可を求めるような殊勝な人間じゃねえだろうが」
 む。
 それだとまるで僕がかなり自分勝手な人間みたいではないか。
 僕は周りの人間に配慮できる奴のつもりなんだけれども。
「だろうよ。 で、その配慮は誰かに許可を得てやってるのか?」
 それはもう言葉遊びを通り越して、ただの揚げ足取りじゃないだろうか。
 だけれども確かに僕の配慮は相手の都合など顧みない行いが多いのも確かだ。
 余計なお世話、と良く言われもするし、周りの人間からほどほどにするように注意も受ける。
 だけれども今更これは変えられない。
 それこそ誰に許されなくても。
 目指すべき目標にはまだまだ遠いけれども、少しずつ上手くはやれるようになってきているのだ。
 そう、人に問うまでもなく、初めから分かっていたのだ。
 他の人がどこへ行くかなんて、どこに居たいかなんて、そんな答えはわからないけど。
 僕が行きたい場所、居たい場所なんて決まっていた。
「そういうことなんだろうよ。 どこに行くって、そりゃあ行きたいところに行きゃあ良いんじゃねえのか。  どこに行くのも留まるのもテメエの好きにすりゃあ良いだろうが。  どこに留まれば良いかだなんて、テメエが居たい場所に居れば良いじゃねえか。  何に変わりたいか何になりたくないかなんざ――お?」
 と、饒舌に喋っていた舌を止めてこちらを見る。
 いや、違うか。 僕を通り越してその後ろを見ている。
 その視線に導かれて振り向くとそこには鏡があった――そう、誤解した。
 目の前にいた人物とまるで違う見た目なのに、同一のように良く似た人物がいたため誤認した。
 だけれども鏡というなら、そこには僕が写っていなければおかしいし、彼によく似た人物のとなりにいる女性は確かに僕ににてはいるけれども鏡写しというほど似ていない。
 残念ながら僕はまだこの人ほど綺麗じゃない。
 そもそもこの二人を僕が見間違えるはずがないのだ。
「ジュン、こんなところに居たのか」
 こちらに向かってきた男性――僕の父が困ったような安心したような顔をで僕を呼ぶ。
 この表情を向けられるのは居心地が悪い。
 仕方ないとはいえまだまだ子供扱いされている、と実感させられる。
「かはは、わざわざ探しに来たのか。 随分と心配症だな」
「おい、零崎。 お前ジュンに変なことを吹き込んだりしてないだろうな」
「何だ、おまけに過保護と来たか。 保守的なお前らしいけどな、そんなんだから息が詰まってコイツも俺みたいなところに相談に来るんじゃないのか」
「どんな放任主義の親でも親である限りは、お前みたいな奴に自分の子供が関わるのを良しとするわけがないだろう」
 自分の父親とその友達――二人は絶対に友達などと認めはしないれども――の言い争いに挟まれて僕としてはかなり肩身が狭い思いだ。
 僕が困惑してると遅れてやってきた母が僕の肩に手を置き、二人の間から救うように自分の方に引き寄せた。
 ほとんど視力がない目で、それでもしっかりと僕のことを優しげに見つめて母が問う。
「それで、ジュンはやりたいことを見つけられたのかな」
 そう問う母に僕は迷わずに答える。
「父さんみたいな、誰かを助けられる請負人!」
「それはやめておいたほうが良いかもね」
 困ったような笑みを浮かべて母さんに否定されてしまった。
 まあ、人の親ならそう言うよね。
 




寝言

戯言シリーズアニメ化の朗報に書き始めた作品。
なぜ1年もほったらかしたし。
更新自体を考えたら1年どころじゃないし。
今回の語り部は絶賛好評発売中の最強シリーズ第一巻
『人類最強の初恋』を読まれた方になら想像がつきますかね。

戻る

戻る