きみが生まれてきてくれたことに心から感謝するよ。
   君のお陰で私みたいなのでもまだマシだと思えたのだから。




   

 自分自身の何のために生まれてきたのか。
 昔から人間が当たる疑問だが、大抵の人はそのことに答を出すこと無く、考えることすら放棄して、生き、そして死んでいく。
 それは決して悪いことではないのだろう。
 いちいち自分自身の意味について考えながら生きられるほど、世の中は平穏ではない。 かといって、まったく考えなくても良いくらいに平和でもないのだけれども。
 そんなこと考えても答えが出るものでもない。 そもそも正答なんて用意されている種類の問題ですら無い。
 しかし、仮に正答が在ったとして、答えが出せたとして、そんなものを知ってしまって良いのだろうか。
 自分が生まれてきた意味を知ることは、希望でもなければ絶望ですら無い。
 ただのどん詰まりだ。
 自分の生きる意味なんて知ってしまったら、一生それに囚われてしまう。
 従おうと抗おうと、それは同じ事だ。
 だからぼくが出した答えは「そんなものは知りたくもない」だ。
 世の中には知らないほうが良いことが多い。
 特に自分自身に関することなんて知らないで居ることにこしたことはない。
 どうせ生きている意味なんて、果たそうが果たすまいが結果は変わらないのだから。
「うにに。 いーちゃん、お誕生日おめでとうなんだよ」
 そういって、ぼくの上に乗っかる青色を見やる。
 目が覚めて真っ先に飛び込む色としては悪くはない。
 これで胸にかかる圧迫感がなければ最高の目覚めなのだが、そこまで望むのは欲張り過ぎるのだろうか。
 いや、寝ているところを上に乗っかるなというのは、当然の要求だろう。
「友、重い」
「うに」
 ぼくの言葉に上に乗っかっていた青色――玖渚友はぼくの上からのそのそと折り始める。
 いくら小柄で軽いとは言え、その動きでまた圧迫されたが、珍しく素直に言うことを訊いてくれたので、ここで変に文句を言うのはやめておこう。 それこそ望みすぎるというものだろう。
「で、なんだって。 お前がこんな時間に起きてるなんて珍しいじゃないか」
 正確な時間は分からないが、部屋の中の明るさから考えると日が昇ってそうは経っていないはずだから午前7時になったかどうかというところだろう。 『今の』玖渚が起きているにはやや早すぎる気がする。
「だから、お誕生日おめでとう、だよ。 今日はいーちゃんの誕生日でしょ」
「ん? ああ、そうだったけかな。 なんだ、お前それを言うためにわざわざ起きたのか」
 それはなんというか、実に玖渚らしいような、だけどコイツにしてはサプライズにすぎる行動だ。
 まあ、なんというか、くすぐったいと言うか、むず痒いと言いますか、悪い気はしないけど。
「しかしまあ、なんだ。 わざわざ早起きすることもないだろう。 どうせ同じ部屋に住んでるんだから、時間なんていくらでもあるんだし」
「時間がいくらでもあるから、好きなときに言ったんだよ」
 なるほど、そう言われては言葉も無い。
 ぼくは意識のスイッチを完全にオンに切り替えて体を起こす。
「いーちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう。 って、本当ならそれを最初に言うべきな気もするけどな」
「うに、そっちはいつでも言えるからね。 お誕生日おめでとうは今日しか言えないから優先度が高いんだよ」
「そーかい、そーかい。 ありがとな。 人の上に乗っからなければもっとありがたかったんだけどな」
「そんなことよりも、いーちゃん」
 ぼくの苦情はそんなこと扱いであっさりと流された。
 まあ、言うだけ無駄だろうというのは分かりきってはいたが虚しいものがある。
「いーちゃん、髪くくって」
「はいはい、後ろ向けよ」
 ぼくは玖渚の青い髪を、玖渚の奴が持ってきていたブラシで梳いてやる。
 ふむ、今日はいったいどんな髪型にしてやろうか。
「なあ、友。 なんか髪型でリクエストとかあるか」
「いーちゃんの好きな髪型でいーんだよー。 いーちゃんへの誕生日プレゼントに僕様ちゃんの髪型を好きなようにさせてあげる」
「そいつは嬉しいね」
 もっとも、いつだって玖渚の髪をくくる時はぼくが好きな様(後から文句を言われることもあるが)に髪型をいじってきたのだけれども。
 しかしまあ、こうやって玖渚の髪を梳いているのはぼくとしても心が落ち着く。
 この時だけは余計なことを考えなくて済む。
 ただ、玖渚のことだけを考えていられる。
「うにー。 いーちゃんが生まれてきてくれて良かったよ。こうして髪をくくってもらえるからね」
「なんだよ。 ぼくはお前の髪をくくるために生まれてきたってのか」
「それだけじゃないけどねー。 でも僕様ちゃんはいーちゃんに髪をくくってもらうために生まれてきたのかもしれないね」
「それはそれで重すぎる」
 自分のことですら背負いきれずに、いつ潰れてもおかしくないぼくに他のぼくを背負うだけの余裕はない。 コレ以上誰かの重さが加わろうものなら、ぼくはいとも簡単に崩れ落ちるだろう。 その誰かと一緒に。
「だけどまあ、何もない人生よりはマシか」
 そう言って、ぼくは続けて玖渚の髪を梳いてやる。
 別にこんなことで生きている実感とか生きている意味とかを感じているわけではないし、そもそもそんなことは知ったこっちゃない。 そんなあれこれは人生に懸命な人たちがやっていれば良い。
 ぼくにはそんなものは必要ない。
 こうして玖渚の髪をくくってやる時間があればそれで十分だ。
 ま、戯言だけどね。





寝言

間に合わなかった……。

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