0 無害な人間は人に疎まれる事もないが感謝されることもない。 1 ぼくにとって後悔とはもはや生きることと同義だった。いつだってぼくの言葉は、行動は後悔せずにはいられない結果を産んできた。ぼく自身に振りかかる害悪。 ぼくの周りの人に振りかかる災厄。 それらは見るにつけ聞くにつけ、後悔の念を抱かずには居られない。 そうすることで自分自身がまだ多少なりとも真っ当な精神を所有していることを確認しているのかと思うと死にたくなってくる。 いっそのこと何も言わず、行わず、考えなければ後悔なんてしなくても済むのだろうけれど――残念ながら、ぼくの周りの人達がそんな安易で容易な逃げ道を許してはくれない。 それは立派な考えなのだろうけれど、それを行える強さを持っている人間は極僅かんだということを分かっていない。 ぼくのような最弱の戯言遣いが出来るような生き方ではないのだ。 「まあ、これも戯言か」 つまりは逃げ口上。 しかしだ。誰だって眼の前の困難から逃げ出したい時くらいあるだろう。 もちろん、ぼくにだってある。それも割りとしょっちゅう。 そんなときに現実逃避の一つくらいしたってイイじゃないか。 「おいおい、いーたん。 あたしとのドライブ中に現実逃避なんてしてんじゃねえよ。 おねーさん寂しいなあ。 ん?」 案の定に現実逃避なんて真似を許してはくれない人の声が、容赦なくぼくを現実へと引き戻させる。 しかし今回ばかりはあなたに言われたくない。 逃避したくなるような現実を創りだしたあなたには。 そう思って、隣で車の運転をしている真っ赤な女性を見る。 真っ赤なスーツに鮮血色のカッターシャツ。鮮やかな赤色の髪。冗談みたいに長い足にモデルのようなプロポーション。やや、いやハッキリと凶悪な印象を与えるが整った顔立ちと、本来だったらならば見とれてしまるであろう相手を、しかしぼくはハッキリと非難を込めて睨みつけた。 無駄だと分かっていても睨みつけてしまう。 「ん? なんだ、いーたん? そんな熱視線送らなくてもいーたんがあたしのことを大好きなのは分かってるよん」 やっぱり無駄だった。 ぼくの欠陥だらけの学習能力でも学んでしまうくらいに行なっているやり取りだ。 あれ? ってことは「今回ばかり」と言ったけど、この人にだけは言われたくないって、言うべきなのか。 うーん、でもこの人に言われないというのもそれはそれで寂しいよなあ。 「なら、現実の話に戻りますけど、哀川さん……」 「あたしを苗字で呼ぶな。 後ろに来ている奴らに引き渡してやろうか」 「潤さん。 その後ろにいる人達はどうするんですか?」 後ろを振り向きながら問い直す。 向けた視線の先には、いかにもの黒塗りのベンツが3台ほど猛烈な速度で追ってきていた。 真っ赤なコブラとそれを追いかける真っ黒なベンツ。 どこの映画のカーチェイスシーンだと突っ込みたいところだけど、これが自分の身に起きている現実だというのだからやりきれない。 なんでこんな事になっているのかと言えば、それは二日前まで遡らなければならない。 いつものように唐突に哀川さんがぼくのアパートを訪ねてきた。 それ自体は本当にいつものことだったのでそれほど気にもとめなかったのだが、そのときに哀川さんが言った言葉が問題だった。 「よぉ、いーたん。 いつぞやの約束を果たそうと思うんだけど、暇してるかい?」 はて? 約束とはなんのことだろう。 相変わらずのぼくの記憶力にはそんな約束のことなんて完全に消えてしまっていたが、そのことを正直に目の前の人物に言えるような度胸はぼくにはなかった。幸いにして、ぼくもしばらくは仕事の予定が入っていなかったこともあり、いつもように適当に頷いた。 頷いてしまった。 それはいつものようにぼくらしい過ちだった。 もう少しぼくに記憶力があれば、あるいはぼくにもう少し度胸があれば結果は変わっていたのかも知れないと、無駄な後悔をせずにはいられない。 結局、ぼくは24日に哀川さんに連れられて外出した。 25日にぼくらは胡散臭い宗教団体を壊滅させていた。 そして今日、26日に宗教団体の残党に追われていた。 うん、話を整理してみてもわけがわからない。 「なんでこんな事になってるんですかね」 「だって、いつだったか約束したじゃん。 クリスマスの日はデートしようぜって。 まあ相手は約束と違ってキリスト教じゃねえけどな」 「冗談じゃなかったんですか」 いや、冗談のようなことを本気でする人だっていうのは分かってたことのはずなのに、その認識を忘れていたぼくの記憶力が悪いのかもしれない。なんだか理不尽だけど。 「いやー、しかしさすがに追手が来るってのは予想外だったけどな。 大抵の奴はあたしが相手ってだけで勝手に自滅しやがるもんだけど。 やっぱり狂信ってのは厄介だねえ」 「あんな団体でも狂信してる連中がいるんですね」 「はっ、宗旨と信仰心は関係ねえよ。 歴史なんて些細なもんだ。 ようは上手く人の心に付け入っちまえる手管さえあれば十分だ。 心の支えってのを求めにきている時点で付け入る隙なんていくらでもあるだろうしな」 だから結構いーたんもいいトコいけるんじゃね? なんて笑えない冗談を返してくる。 いや、本当に笑えない。 自分自身すらもろくに信じられないのに、他人に信じられるなんて寒気がする話だ。 「冷てーな、いたーんは。 お前を信じて慕ってる奴らが聞いたら悲しくなっちゃうよ」 ニヤニヤと楽しげに笑いながら言う哀川さんに、ぼくは押し黙る。 思い浮かぶのはアパートの住人、精神が不安定な医者に自由奔放な看護師。 宇宙のような暗黒を背負った太陽のように明るいアイツ。 目の前でぼくの反応を楽しむ赤色の最強。 そして、青いアイツ――。 彼ら彼女らにぼくは信じられていると自惚れても良いのだろうか。 逆に全く信じられていないと考えると、なんというか胃の中に鉛でも流し込まれたような気分になる。 「いや、ていうか信じるの意味合いが違いますよね」 「ははは、まあね。 信頼と信仰は全く別もんだからな」 やれやれすっかり良いように遊ばれてしまった。 まあ、これもいつものことか。 「んで、さっきの話は何だっけ? 後ろの連中がどうとか言ってたけど、いーたん的には連中の狂信が、あたしの横にいるっていう事実を忘れるよりも怖いのかい」 「…………」 そんなことを言われてしまえば、ぼくとしては戯言を挟む余地すらなく答えは決まっていた。 「それはもちろん、潤さんの怖さを信頼していますよ」 「嬉しいことを言ってくれるね」 キヒヒ、と笑う哀川さん。 「ああ、そうだ。 昨日はすっかり言い忘れてたけど、メリークリスマス! いーたん」 やれやれ本当にどこまで行っても――。 「戯言だよなあ」 結局、ぼくは良いように言い含められたことに対して逃げ口上を発するのだった。 猛々らしくもないし、雄々しくもないぼくだけれども、清々しい気分で敗北を受け入れた。 寝言 クリスマスSS書こうと思ったけどネタが出てこなかったので後日談。相変わらず内容薄い上に短いですが、潤さんといーたんの会話がかけただけでも楽しかったです。 |