今年はお疲れさまでした。
   来年もお疲れ様です。




   

 日本人は宗教観が薄いというのはもはや定説だが、ぼくはその話を聞いたときに抱いた感想をハッキリと憶えている。記憶力の酷さに酷評のあるぼくが、なぜそんな事を憶えているのかと言えば、未だにその時の感想が変わっていないというだけだ。
「だから、どうした」
 である。
 なるほど、たしかに宗教というのは精神の安定に貢献し、生活の指針となるのだろう。だが、だったら別にそれらが満たされるのんであれば宗教である必要も無いのではないか。
 人に優しく、人を思いやり、自分を律することが出来れば、そうすることで精神の安定を手に入れることが出来れば、そうであるための指針であれば、それは宗教である必要もないのではないかと、ぼくはそんな風に考える。
 もちろん、別にぼくは宗教というものに批判的なわけではない。ぼくは人の精神に土足で踏み込んでその是非を糾すような悪趣味ではない。それ以上に、ぼくのような優しさや思いやり、ましてや自律なんてものとは縁遠い人間がそんな事をする資格があるとも思わないし、こんな事を言っても説得力があるとも思っていない。
 結局のところ、これはぼく個人の感想でしかなく、感性でしかない。いや、実際のところはもっとタチが悪く、単純にぼくはそういう指針を持っている人間に対して、嫉妬しているだけなのかもしれないわけだ。
「まあ、つまるところは、クリスマスに予定のない人間の戯言なんだけどね」
 我ながらなんともみっともない戯言だ。まあ、戯言自体が元々みっともないのだから、当然なのだけど。
「と言うかですね、師匠自身が元々みっともない人間なのですから、それは仕方ないとおもうのですよ。 ですから師匠、師匠もそんなに落ち込まないでください」
「姫ちゃん、それはもしかして慰めているつもりなのかい」
 だとすれば、勘違いも甚だしい。
 それは単なる追い打ちであり、優しさではなく酷い仕打ちだ。
「いえいえ、姫ちゃんはただ素直に思ったことを言っているだけですよ」
 どうやら追い打ちではなく、ただのトドメだったようだ。
 この娘っ子どうしてくれようか。またセクハラして泣かしてやろうか。
 いや、でもそうすると哀川さんが怖いしなあ。だいたい、今のご時世はそういうことに厳しいのだ。非常にデリケートな時期なのだから、慎重に行きたいところである。
「うん、じゃあ姫ちゃんはとりあえず冬休みの宿題が終わるまで、一歩も部屋から出ちゃ駄目だからね」
「なんですと!?」
「オイオイ、何を大袈裟に驚いてるんだい。 学生の本分は勉学にあり、だろ。 学校が休みだからといって学ぶことまで休んで良いという訳じゃないんだぜ。 むしろ姫ちゃんのようなウルトラCを決めるような人間には今こそが挽回のチャンスってもんじゃ無いのかい」
「あ、あなたは鬼ですか!? 悪魔ですか!? なんでクリスマスイブにそんな苦行をしなければならないのですか。 姫ちゃんにだってクリスマスを楽しむ原理はありますよ!」
 おそらく正しくは権利。
 だけどね、姫ちゃん。 権利だろうが原理だろうが、君にはそんなモノは無いんだよ。
「姫ちゃん、君はいったい何教科赤点取ったのかな?」
「うっ」
「んー? どうしたんだい、姫ちゃん。 いったい何教科中何教科が赤点だったのかな」
「ううぅぅぅ」
「どうしたのかな? まさか言えないようなくらい赤点を取ったのか。  「ウワァァァン!」
 いつぞやのようにマジ泣きし始めてしまった。
 だが、今回はいつぞやのように謝るつもりはない。
 ぼくにだった引けない時がある!
「やれやれ、賑やかだと思えば、いー兄がまた姫姉さんを泣かしてるんですか」
「またって、そんないつも泣かせてるような言い方しないでくれ、萌太くん」
「いー兄は女泣かせですからねえ」
 また偉く誤解を招きかけない言い回しだった。止めて欲しい。ぼくにはそんなキャラは微塵もない。
 それでもぼくが反論しなかったのは、萌太くんが今日も楽しそうに笑っているからだ。どうやらかなりぼくに対して非難の念をいだいているらしい。
「萌太くん聞いてください! 姫ちゃんが頑張って2教科も赤点を取らなかったのに、師匠は褒めるどころか責めてくるですよ! 師匠は人を埋めて育てるということを知らないんです!」
「そりゃあ、ぼくはそんな人の育て方は知らないけど」
 人間が大地から栄養分を取る方法があるなんてぼくは知らない。もしかしたらどこぞのマンガで修行方法としてあるのかもしれないが、ぼくは寡聞にしてそのマンガを知らない。そして例えあったとしても、間違いなくそれには「良い子のみんなは絶対に真似しないでね」的なことが書かれているはずだ。
 っていうか、その前にはちゃんと言えていた単語をどうして間違えるんだよ。
「なるほど、それはいー兄は厳しいですね。 まあ、一体何教科あったのかは聞きませんけどね。 僕はいー兄と違って波風立てるのは好きではありませんから」
「失敬な。 ぼくだって好きで波風を立ててるわけじゃない」
 ただ、結果的にいつもそうなってしまうと言うだけだ。
 或いは、どこぞの朱色の最強のように、好き好んで波風を立てる人間が知り合いに多いせいで、巻き込まれることが多いだけだ。決してぼくが好き好んで騒動を引き起こしているわけじゃないんだ。
「師匠が建てるのが好きなのは、フラグですもんねー」
「フラグ? 旗なんて立てた記憶はないけど」
 何かのスポーツか? ぼくは別段好きなスポーツってないんだけどな。
「フラグというのは、要するに前振りのことですよ。 戯言遣いのお兄ちゃん」
 と、萌太くんの後ろからひょっこりと姿を表したのは崩子ちゃんだった。
 いや、崩子ちゃんは登場するときにひょっこりなんて間の抜けた擬音は発しないけど。むしろ音もなく、といった感じでの登場が相応しい。
 だが、それでもぼくはあえて間抜けなひょっこりという音を使わせてもらおうと思う。何故ならば、影から現れた崩子ちゃんは普段の真っ白な格好ではなく、赤色だった。どこぞの最強のような激しい赤ではなく、可愛らしくも温かい、そんな赤色だった。頭の上に乗っけた三角帽子がまた可愛らしさに拍車をかけていた。
 まあ要するに、最近街中で見かける機会が増えたサンタコスチュームだった。
「っていうか、どうしたの? その格好」
 そんな格好、とても萌太くんが許すとは思えないんだけど。
「まあ、せっかくのクリスマスですし、たまには良いかと思いまして。 ちなみに衣装の方は僕がバイト先でもらってきたものなんですよ」
 萌太くんはやはり楽しそうに笑いながら、そう説明してくれた。やっぱり少し難色を示しているようだ。
 うーん、まあでも、こう言っちゃんなんだけど、結構可愛らしくて似合っていると思う。もちろん、そんな事は萌太くんの手前、そして何よりもそんな格好をすることになった崩子ちゃんの前では絶対に口にはしないけど。
「でも、クリスマスっていても、二人は何か予定でもあるの?」
「ええ、もちろんありますよ。 家族で少し豪勢な食事でも食べるつもりです」
 ふーん、なるほどね。
 普段から倹約生活を送っているのだから、こういう日を口実にたまにはイイ物を食べるのも良いのかもしれない。
「それで、いー兄を誘いに来たのですが、姫姉も居たのは丁度良かったです。 どうですか、今晩予定がなければ、夕飯を一緒に食べませんかね」
「はーい! 姫ちゃんは何の予定もごっ!?」
 別に姫ちゃんに5つも予定が入っているわけではなく、単純にぼくが姫ちゃんの口を片手でふさいだだけだ。
「うーん、お誘いは嬉しいけど姫ちゃんには外せない用があるんだよ」
「もごっもごっ」
「なにせ今日は一日、学校の課題をやらなければならないからね」
「もごーーっっっ」
 ぼくの手の内で激しく暴れる姫ちゃんだったが、なにぶん体格差や本人の非力さから逃れる術は――なくないのだが、それを使ってくるようなマネはしなかった。
「っていうかさ、そもそも家族での食事じゃなかったの」
 そこにぼくらが混じっていいものなのか、ぼくには判別がつかない。
 だが、ぼくのそんな懸念に萌太くんは言う。
「家族での食事なのですから、むしろ来てもらわないと困るのですけどね」
「…………」
「あれ? 僕なにか変なこと言いましたっけ」
 そういう萌太くんはただただ楽しそうに笑っていた。
 それに対してぼくが向ける答えは――。
「いや、だからぼくら他人でしょ」
 などと言えるわけがない。ぼくは姫ちゃんを抑えていた手を離す。その際勢い余って姫ちゃんがぶっ倒れたけどいつものことだから大丈夫だろう。
 はあ、やれやれだ。本当にぼくは流されやすいなあ。
「それじゃあ姫ちゃんともどもお邪魔させてもらうよ」
「ええ、お待ちしておりますよ」
「はじめから素直に好意は受け取れば良いのです」
 好意を受け取れだって? また難解なことをさらりと言ってくれる。
 家族の好意なんて、照れ臭くって素直に受け取れるわけがないじゃないか。 ねえ?





寝言

メリー・クリスマス!
みなさんはどのようにお過ごしでしょうか? 私は今年は「ポケットの中の戦争」を視聴しませんでした。
生まれて以来、クリスマスは家族と過ごしてきましたが、別にそれに対してウンザリするといった感情はありません。
しかし自分の中で崩子ちゃんのイメージが完全に着せ替え人形になってきている。果たして次回はどんな格好をさせられてしまうのだろうか。

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