「変わろうと思わない奴は生きてる資格がねえよな」
 零崎はそう言って笑った。
 しかしぼくはその言葉には否と唱えたい。あまり積極的に他人の意見を否定する事をしない(肯定もだが)ぼくだけれども、それでも零崎の意見にはぼくは断固として否定の意を表す。
 変わるということは今の自分を否定するという事だ。自分自身の存在を拒絶し抹消するというのは自殺以外の何者でもないんじゃないだろうか。
「かはは、死にたがりのお前がそれを言うのか。 だがな、変わろうとしないって事はそいつはそこで停滞してるってことだ。 何も変わらず何も動かずそのまんま停止してるってのは生きてるっていえると思うか? むしろそいつは死んでんのと同じじゃねえのか。 そんなことは変わることの出来ないお前が一番良く分かってんじゃねえのか、欠陥製品」 
 確かに零崎の言う通りかも知れない。死んだように生きているぼくは決して日々を変化しているとは言いがたい。むしろずっと以前より停止したままだ。恐らく玖渚と出会った頃から。あるいは妹を失った時からか。
 だがまるで考えを見透かしたように、鏡で映し見たようにニヤニヤと笑う零崎を見て素直にそれを認めしまえるほどにぼくは成熟した人格を持ってはいない。何せぼくは随分と昔から変われていないわけだし。
「ムキになるなよ。 いや、おまえには無機になるなよ、のほうがお似合いか。 おまえの言い分も分からないわけじゃないさ。むしろ肯定的だ。 自分を変えようってのは自分を探しに行くくらいに自分を否定する考えだ。 だが、俺はあえて断固として否定する。 テメェを変えようとしないような奴はテメェを殺そうとしない奴は生きていない。 生きてる資格なんて無い」
 とんだ暴論だ。支離滅裂だし飛躍しすぎな主張にぼくは呆れを果てる。
 もはや戯言ですらない。
「そりゃそうだ。 戯言はお前の領分だろ。 俺が通すのは言葉じゃなくて刃物のうほうだ」
 悪びれもしない態度にぼくもこれ以上言葉を通すのは諦めた。しつこく粘って刃物のほうを通されても困る。いくら死にたがりだ何だと言われても、別にぼくは好んで進んで並んで望んで殺される趣味は無い。ただ、死というものにそれほど忌避感が無いというだけだ。
 それにしても零崎は何故さっきからこうも変わることに対して攻撃的にまで語るのだろうか。この気まぐれの権化のような男は短い付き合いだが今まで一つの話題で長続きしたためしがない。おまけに舌の根も乾かぬ内に自分の意見を翻し否定する。なるほど、そんなところもぼくの鏡面存在として実にらしくはあるが、それならば今の零崎の態度はますます持って不可解だ。
 もっとも、自分という他人ほど理解できない存在もいないんだけど。
 まさか目の前の殺人鬼は本当に変わりたいと思っているのだろうか。変わることなんて決して出来ないぼくの鏡の向こう側であるはずのこの男が。
「かはは、理解できねえってツラだな。 だけどな欠陥製品、俺には良く分かってるぜ。 お前が変わろうとしない本当の理由は今の自分殺す事と同義だからなんていう利口でストイックなもんじゃないはずだ。 もっと利己的でエゴいもののはずだ」
 知ったような言い方に言うじゃないか。まるでそれじゃあぼくは明確な意図と確固たる意思で変わることを拒んでいるように聞こえる。ぼくが変わらないのはぼくがただ怠け者であるだけかもしれないのに。
「その通り。 お前は怠け者さ。 自分自身に怠け者である事を強いてる、努力家の怠け者だ。 かはは、そこまで怠け者であるためにどれだけの労力をお前は払ってるんだろうな。 どれだけお前が勤勉に努力を重ねて怠け者になろうとも怠け者に支払われる手当なんてありゃあしないのに、お前が一方的に払い続けるだけだってのにお前は一時も休まずに労働基準法も守らずに怠け者たろうとしている。 一体何故そこまでしてお前は変わらないように努めてるんだろうな。 自分を殺したくないから、なんてのわけがないよな。 死にたがりのお前がそこまでして変わることを拒むわけが無いよな」
 それじゃあ一体なんだというのだ。ぼくがぼく自身を変えようとしない理由が鏡の向こう側のこいつには分かるというのだろうか。ぼく自身にも分からない思い当たらないその理由が。
「当然だろ。 俺はお前の鏡だ。 お前が見えない場所も俺を介せば一目瞭然だ。 お前に俺自身が見えない俺のことが見えてりるようにな。 かはは、もっとも見えてるだけで理解できてるわけじゃないけどよ。 ああ、そうそうお前が変わろうとしていない理由だったな。 それは実に単純だ。 別段特別な事なんてまるでない。 至極ありふれて退屈すぎるくらいに当たり前な理由だ。 だからこそお前自身見えてないんだろうよ。 お前はただ単に恐れているだけだ。 変わっちまうことを恐れているだけだ」
 何だそれは。そんなの本当にありふれ過ぎていて何の説明にもなっていない。一目瞭然どころか誰もが適当に当てずっぽうに言えば的を得てしまうような、そんな詐欺師の類の言葉じゃないか。一体どこまでぼくのお株を奪うつもりだ、殺人鬼。
「ふん、そんなつもりはねえよ。 俺は欠陥製品になるつもりなんてさらさら無い。 お前が人間失格になるつもりが無いのと同じくらいにな。 だがまあ、お前の言わんとすることも分かる。 これじゃああまりにも芸が無い。 だから俺から見えた事からもう少し推論を付け足してみるとだな、お前が恐れているのはお前変わってしまうそのものじゃなくて、その結果だろ。お前はお前自身が変わってしまうことによって大切な何かが失われるんじゃないかと、そのことを恐れてる。 自分以外の何かのためになんて考えほど利己的でエゴに塗れた考えはありはしない。 何せ相手の都合などお構いなく、自分の事でもないのに自分の意思でそいつのために周りを狂わし続けるんだからな」
 それこそ戯言だ。それじゃあまるでぼくに大切なものがあるように聞こえる。
 このぼくに、人を散々騙し傷付けてきたぼくにそんなものがあるわけが無い。そんなもの持つ資格はない。
 それとも零崎、きみにはソレがあるというのか? 譲れない大切なものというのをきみは所有しているというのか。 いや、そもそもにきみは本当にそこまで変わりたいと思っているのか。
「ああ、思ってるね。 願っている。 祈ってはいないけどな。 俺は変わりたい。 俺に大切なものがあるかと訊いたな、欠陥製品。 そんなものあるわけがないだろ。 俺には大切なものなんて所有する手なんてありはしない。 俺がの手はそんな物を所有するためにあるんじゃない。 俺の手はそいうのを壊すための刃物を所有するためにあるんだからな。 だからこそ俺は変わりたい。 そうじゃなきゃ俺は生きていることが出来ない。 生きている資格がない。 俺は俺自身のために変わりたい。 だからこそ鏡の向こう側、お前には大切なものがあって、そいつのために変わることを拒んでるんじゃないかと、俺はそう予測するわけだ」
 呆れたね。そんなの推測でも予測でもない。そんな言葉はもっと確固たる根拠があって初めて使って良い言葉だ。君のそれは愛も変わらずにただの当てずっぽうだよ。どうやら君の話をまともに聞こうなんて思ったのがそもそもの間違いだったみたいだな。
「かはは、当たり前だろ。 どこの誰が鏡に向かって独り言を言うのに真剣になるんだよ。 そんな奴がいたらそいつのほうがまともじゃねえ。 俺たちがやってるのは所詮自問自答だ。 鏡に向かって呟いて、それが反射して返ってきてるだけだろうが」
 ふむ、それはもっともだ。
 ここにきてようやく納得できる意見が聞けた気がするよ。
 つまるところそういうことか。
「ああ、そういうことだ」
 結局の所今までの話は全部――。
「結果的に終いまで話は全部――」

 戯言だ――。
 ――傑作だ。
 




寝言

 はい、遅れましたが欠陥製品と人間失格の邂逅記念日SSです。
 本当ならば13日、そうでなくとも翌日の金曜日には仕上げたかったのですがこの様です。でも十三番目の戯言SSという偶然はちょっと嬉しかったり哀しかったり。(更新速度的意味で)
 「戯言遣いとの関係」を踏まえて書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。結局の所この二人の出会いに意義は無く、会話の内容にも意味は無い、それでも意義も意味も無いことに価値がある、という感じです。
 ま、そんなのはどちらでも同じことですか。
 久しぶりに書いた戯言SSだったので非常に楽しく書けました。(結局自己満足かよ)

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