強いは弱い。 弱いは強い。 どちらが表でどちらが裏というわけじゃない。 どちらも表でどちらも裏だ。 決して切れない関係。 決して別れない関係。 まるで家族の絆のようだ。 ――はっ、くだらねぇ。 今の世の中そんなものはあっさり切れる。 蜘蛛の糸のように簡単に食い千切れる。 そんなものはこの僕でなくとも簡単だ。 今時そんなものを後生大事にしてるのは殺人鬼どもくらいなもんだ。 まあ、僕も似たようなもんか。 ぎゃははは、なにせシスコンだもんな。 僕の妹、 一人で二人、二人で一人。 一人が二人、二人が一人。 同じ身体を共有するたった一人の妹。 あいつは弱い。半端じゃなく弱い。弱さを窮極まで追求した弱さ。 本来切分けることが出来るはずのない、強さと弱さを切り離して創られた僕ら。 切り離された強さと弱さ。 切り離された兄と妹。 僕は殺し、 妹は殺さない。 僕らは同じ身体を共有しながら、何一つとして共有できない兄妹だ。 その代わりに僕らは別れることはない。僕らはずっと一緒だった。 強さと弱さのように決して別れることはない。 ……そう、思っていたんだけどな。 存外あっけないもんだよな。あっさりと蜘蛛の糸によって僕と理澄は切り離されちまった。 結果、理澄のやつはいなくなっちまった。 後にはただ そのことで憎しみはなかった。ただ、少しだけ寂しさと居心地の悪さがあるだけだ。今までずっと一緒だった半身がいなくなっちまったんだ、僕でもそう思っちまうさ。 だから僕は失った ぎゃははは、つってもよ。僕は洒落にならないくらいに強い。そんな僕に弱さを与えてくれる奴なんざ早々いやしねえ。あの蜘蛛娘も強かったが僕ほどじゃあねえ。僕から弱さを奪うのが精一杯だったよ。 一人だけ心当たりはあった。僕らの世界で『最強』の称号を持つ《死色の真紅》。 だけどそんな奴と僕との間には何の接点もない。どんなに恋焦がれても赤い糸で結ばれちゃいないんだよな。 そう思って諦めていたんだが、ここでも予想外。僕らの間を縁結びしてくれた人がいた。 そいつもそいつでおかしな奴さ。この僕を以ってしても、この《 別にそれ程強いわけじゃねえ。むしろ弱い。すんげえ弱い。弱さに特化した理澄に匹敵せんばかりの弱さだ。 ようするに、僕が持っていないものを、失ったものを、欲しているものを持っている野郎だったのさ。ついでに言えば理澄の惚れた相手でもある。ぎゃははは、そこら辺に関してはシスコンの名誉にかけてちょいっと虐めてやった。 んで、まあ、ようやく念願の相手と だから僕は結局、弱さを手に入れられなかったんだろうな。 それから一ヶ月が経った。 殺し屋をやめた僕は、特に目的もなくだらだらと過ごしていたんだが、そんなときに、あの時縁結びをしてくれたおにーさんが僕の前に訪れた。元クライアントの狐さんがおにーさんを敵と定めたそうだ。 気に喰わねえ。 苛々する。 だから僕はおにーさんの後を追うことにした。色々と借りもあるし、責任もあるしな。 そして、そこでようやく――。 僕は弱さを手に入れられた。 圧倒的だった。 この僕の『最強』に匹敵する強さを、まったく意に介さずに終わらせた。 どう考えたって僕はもう終わりだ。腹をぶち抜かれたんだ、いくら僕でもさすがにこいつはどうしようもない。たとえこの場にブラックジャック先生が至って治せやしねえだろうよ。 まあ、気分としては悪くない。少なくとも苛々は無くなった。 しかし、だっていうのに――。 「出夢くんっ!」 霞む視界におにーさんの顔が見える。 別に泣いちゃいないが、それでもすっげぇ弱々しい顔だ。理澄だってここまで弱かねえぞ。 僕がせっかく弱さを手に入れたって言うのに――それ以上の弱さを見せ付ける。 「なんてェ面してんだよ……みっともねえな、おにーさん――それが僕の可愛い妹が惚れた、男の顔か……」 まったく……なんで理澄は、こんな情けない奴に惚れちまった、んだろうな。 まあ、分からなくはねえ――きっと、理澄は……おにーさんの自分と同じ弱さを持ちながら、自分に無い強さを持つ……そんな所に惚れちまったんだろうな。あの崩子ちゃんってのもそんなところか。ひょっとしたらあの蜘蛛もそうかもな。 ぎゃは――ほんとに罪な男だねえ……おにーさん。 すでに最後を迎える僕に――僕が手に入れた以上の弱さを見せるしよ。 「負けた――か」 今回ばかりは……さすがに引き分けなんて言えねえよな。 これで、本当に……僕は失った弱さを手に、入れたってわけか。 だからなのかねえ。このまま消えちまうのがすっげえ嫌だ。 気分が悪くねえのも本当だし、満足もしているが……何の意味も残せないまま消えるのは我慢ならねえな。 「そーいうのも、腹立つから……それじゃあ、あんまりにも、僕が報われないから……可愛そうな僕のために、最後に、最後の最後に、思い切って意趣返しでも――しとくか」 僕はおにーさんに抱きつく。 僕が死ぬ意味を残すために。 僕が生きた意味を残すために。 僕が僕である意味を刻むために。 「零崎人識は生きている」 おにーさんなら僕の存在を無意味にはしないだろう。 「ちゅっ」 最後にそのご褒美に、ほっぺにちゅーしてやる。 これで本当に僕はお終いだ。 もう僕は倒れているかすらも分からない。 おにーさんの顔も見ることができない。 なんつーか、あれだな。情けない話だが……今更になって、ちっと怖くなってきた。 これも……僕が弱さを手に入れた証なのかね。 ふと、見えるはずも無い目に、聞こえるはずの無い耳に――。 良く知っているはずの笑顔と笑い声が聞こえた気がした。 ああ――そうか。 なんだ、僕も随分と情けない奴だな。 僕が弱さを求めたのは――失ったあいつを求めたから。 僕が弱さを手に入れたということは――また、あいつと一緒だってことか。 「あ……なぁんだ――」 今度こそ二度と分かれることは無い。 また二人で一緒だ。 「そこにいてくれたんだ――理澄」 寝言 今回はいっくんの語りではなく、《人喰い》の彼の語りでした。なんだか、書いてて出夢ってこんなキャラだっけか? と不安に陥りました。 今回も突発的に思い浮かんだネタなのでかなり短めです。 狐さんにとってはどうだか知りませんが、我々読者にとっては出夢くんの死は無意味なものでは無かったと思います。 |