善人とは良識よりも常識を優先する人を指す。


   

 教師の仕事は心配していたよりは簡単で、期待してたよりは難解だった。
 午前中に二つのクラスで授業をしたのだがこのお嬢様学校では臨時講師、それも男性(それが例えぼくのような冴えない奴だとしても)となると余程珍しいのか最初から最後まで授業中の私語が止むことは無かった。
 …………うん、やっぱり講師としてはこれは失敗の類かもしれない。
 もちろんそれは何ら色のあるものではなく、ツチノコに対する物珍しさと好奇心と同種のものであることは疑いようが無く、聴こえて来るクスクス笑いと意地の悪い質問の数々がぼくが卑屈なのではなく事実であることを如実に証明している。
 まあそんな事があろうが無かろうが、講師なんていう役割が慣れないものであることには変わりなく、精神的に疲労を溜め込んだぼくが昼休みに職員室に帰ってきたことで油断していたとしても、それは仕方が無いことではないかと思う。
「お疲れのようですね、詐欺師さん」
「…………この学校では未だに気配を殺して人の背後に立つように教えてるんですか」
 内心の動揺を押し殺しながら、表面だけは平静を繕って非難するぼく。もっとも、相手はそんなぼくの些細な抵抗などお見通しだろうけど。
 現にぼくの背後を容易く取った相手は上位に立つ者特有の悠然とした笑みを浮かべている。
「まさか。 ただ私が癖が抜け切っていないだけです」
「あれからもう4年も経つのに難儀なことだね。 そんな君が学校の教員、しかも進路指導主任とは4年前の時点じゃお釈迦様だって予想できなかったろうね」
「予想などとそんな不確定で不安定で不明瞭な代物など何の参考にもなりはしませんよ。 その程度のものすら出来ない釈迦になどこの私を計ることなど出来ようはずもありません。 こんなこと釈迦どころかこの私、《策師》萩原はぎはら子荻しおぎすらもたばかるあなたにはそれこそ釈迦に説法ではありませんが語るまでも無いことでしょう」
「確かに君を計るなんて何者にも出来ないだろうね。 でもそれは謀るのだって同じだよ。 いくらぼくでも君を騙すなんて真似は出来ないさ。 それは4年前で痛いほどに身をもって実感したよ」
「それこそとんだ詐称でしょう。 あなたが私に仕出かした事をまさかお忘れなのですか」
 やや険が含まれた声で子荻ちゃんはぼくを詰問する。
 しかし、それはやはりぼくの台詞だ。四年前にぼくが彼女に味合わされた完全なる敗北感は未だに忘れられないし、これからも忘れられそうに無い。この記憶力の悪さに定評のあるぼくがだ。
 四年前。姫ちゃんを《首吊り学園》から連れ出そうとしたあの事件のとき、ぼくと子荻ちゃんは敵として相対した。
 いや、違う。ぼくの方が一方的に敵としていただけだ。子荻ちゃんはぼくなど最初から最後まで敵に値するものとして見做していなかった。それはそうだ。彼女はあの哀川さんですらも敵と見做しちゃいなかったのだから。
 彼女にとってぼくらは味方同様盤上の駒でしかない。彼女は策を用いて盤上の駒を一人で動かし続けていただけだ。
 敵なんて存在しない。
 味方だって居ない。
 そもそも勝負すらもしていない。
 たった一人で黙々と延々と打ち続ける詰め将棋。
 しかし、どういう訳かそんな彼女がぼくに恨みがあるような言動をする。
 自身の目的も目標も持たないはずの彼女がぼくを目の敵にしている。
 何でだ? ぼくが一体子荻ちゃんに何をしたというのだろうか。ぼくには全くと言って良いほどに心当たりが無い。
 恨まれる事には慣れているが、さすがにその根拠が分からないというのはどうにも居心地が悪い。曖昧の不定は良いが不明の不定はどうにも苦手だ。
「子荻ちゃんさあ」
 何となく名前を呼びながら4年ぶりに再会する少女を観察する。
 いや、彼女はもう少女などではない。既に成人を迎えた四年前の美少女は見事な美女へと成長を遂げていた。
 体つきは丸みを帯びながらも全体的には均等の取れた体付き。背もいくらか伸びたように見える。実にどこかの人間失格のタイプに当て嵌まりそうだ。そして4年前と変わらず足首まで伸びたストレートの綺麗な黒髪は成長したその姿と相まってより一層に際立っている。
 うーん、以前に崩子ほうこちゃんに指摘されたけど、やっぱりぼくは髪の長い女性がタイプなのかもしれない。一度で良いから触らせてもらえないだろうか。欲を言えばいたり結ったりしてみたい。
 でもなあ、さすがにソレを玖渚以外の人物にやるのは躊躇いがあるよなあ。玖渚の奴も浮気はオッケーでもそれだけは譲りそうにないし。
 さすがの子荻ちゃんもそんなぼくの深刻な悩みまでは見透かすことが出来ないようで(いや、見透かされても困るんだけどさ)、怪訝そうにぼくを見ている。
「どうかしましたか?」
「あ、うん、いや――」
 さてさてどうしたものか。あまりここで疑いを持たれたくは無い。今後この学校の調査をするのに今から疑われるようでは色々と動きにくくなる。4年前もなんだか失敗したような気もするしここは慎重に答えなければなるまい。
「子荻ちゃん、おっぱいが大きくなったね」
「何でしたら触って確認してみますか」
 ずっこけた。ぼくが。
 椅子に座っていたから正確にはずり落ちたなのかも知れないけど、そんな違いは些細な問題だ。
 ぼく以外にも聞き耳でも立てていたらしい人たちが同様にずっこけている。これほど多くの人間が一度にずっこけるところなんて見たことないし、ぼく自身も23年の人生で初体験だ。
 つうか何を口走ってやがるか、この娘は。そんなこと少女だろうが女性だろうが関係無しに簡単に口走って良いような言葉じゃないだろうが。
 待てよ。あそこでぼくがおっぱいのことではなく髪のことを言っていれば、もしかして触らせてくれたのだろうか。もしそうならばぼくはとんでもない失策を犯したことになる。何て言う事だ。せっかくの千載一遇のチャンスをこんな形でフイにしてしまうなんてっ。
 自分でも信じられないくらいにダメージを受けるぼく。やはり長い髪が好きなんだろうか。そんなことは無いと思うだけどな。崩子ちゃんみたいな短い髪も決して嫌いじゃないし。結い方のバリエーションは少ないけど短いのでしか出来ない結い方もあるわけだし、あの手で全ての髪を掬えるような感じもお気に入りだし。
 …………。
 あれ? ぼくってもしかして髪フェチ?
 今もおっぱいよりも髪に触りたがってるし。
 ぼくが自分でも気が付いていなかった嗜好の所持の有無に混乱していると、子荻ちゃんは更にぼくを混乱させるようなこと言ってくる。
「しかしそのような事をすれば、あなたは恋人の玉藻に切り刻まれるかもしれませんけどね」
「は?」
 ナニヲイッテルンダ?
「誰が、誰と、何だって?」
「おや? 違うのですか」
「違うも何も……、そんなことは絶対にありえないことくらい子荻ちゃんも知ってるでしょ。 一体どこからそんな信憑性の無い悪質さだけが含まれた話が出てきたの」
「私は春日井さんからそう聞きましたけど」
「あんの社会不適合者」
 一体何度ぼくを人生の崖っぷちに立たせれば気が済むんだ。あの人のせいで社会的に抹殺されかかった回数を思い出すと、ぼくがあの人を物理的に抹殺しても正当防衛として成り立つんじゃないか。
「ちなみに、春日井さんはその話を元同僚の当時16歳の青い果実の食べごろな少年から聞いたといっていました。 そしてその彼は当時19歳の死んだ魚のような良い腐り具合の目をした少年から聞いたらしいと言っていましたよ」
「…………」
 ようするに自業自得だったらしい。
 まさか4年も前に吐いた戯言がこんな所でぼく自身の首を絞めることになろうとは。
「あの後他の教職員の方に二人の関係を訪ねられたときに私は飼われていただけで恋人ではない。 恋人は別に居ると、説明していましたよ」
「周りの目が痛いのはあの一件のせいだけじゃなかったのかよ」
 これは一刻も早く仕事を完了させてこの学園から脱出しなければならない。でないと社会で生きていく上で欠かせない何かがどんどん失われていく。
 やっぱりここはいつまで経ってもぼくにとっては鬼門。正しく《首吊り学園》だ。
「そんな事より」
 人の人生がかかった問題をそんな事扱いする進路指導主任の子荻ちゃん。
「もう昼休みなのですが、あなたは昼食はどうするおつもりですか」
「うーん、そうだね。 ここって食堂とか売店って無いの?」
「ありますよ。 案内して差し上げますから付いてきてください」
「いや、別に場所さえ教えてもらえれば一人で行けるけど」と、言いかけてやめた。
 この学園が馬鹿みたいに広いのは既に承知だし、実際に授業に行くときや職員室までの帰り道に迷っている。
 ここは素直に甘えさせてもらうとしよう。
「迷わぬよう、しっかりと私の後についてきてくださいね、詐欺師さん」
「ぼくのほうが年上なんだけどね。 それとその詐欺師って呼ぶのやめようよ」
「本名で呼ぶわけにもいかないでしょう。 私だってまだ死にたくはありませんしね。 あなたが教えてくださったニックネームの中ではコレがダントツに相応しいと思ったから呼んでいるんですよ」
 どんな認識をされているんだろうか、ぼくは。
 さっきから痛いほど感じる周りからの非難の視線。これ以上は立場を失いたくないので是非とも呼び方を変えてもらわなければならない。
 しかし、子荻ちゃんは見事にぼくのそんな意図をブッツリと断ち切ってくれた。
「それにですね。 皆には私とあなたの関係を、昔プロポーズするだけしておいて逃げ出した腰抜けの結婚詐欺師だと説明しているので、やはりこの呼び方が一番適当だと思いますよ」
「…………」
 子荻ちゃん、お前もかっ。
 先ほどの決意を早々に翻すようでなんだけど、仕事なんてほっぽり出して今すぐにこの学園から逃げ出したい。
「では納得したところで早く行きましょう。 何分休憩時間は限られていますから」
 納得してねえよ。
 しかし子荻ちゃんはぼくのそんな逃避の願いすらも断ち切るように、ぼくの腕をつかむと引っ張るように歩き出す。
 《戯言遣い》vs《策師》第1回戦惨敗、なんて。
「教育的指導が必要な戯言だよ」



   

 澄百合学園の食堂は広くて綺麗で実に使いやすそうだった。さすがはお嬢様学校。こういう所からして違うのかと、ぼくはしきりに感心してしまう。メニューはヘルシーなものが多いのかと思ったが割りとこってりした物も多く、丼物があることには驚いたものだが、食堂の定番メニューなのだからあっても当然なのかもしれない。それでもデザートの類が充実していたのは特色といえるだろう。
 そんな使い勝手がよそそうな食堂ではあるが、正直ぼくには居心地が悪かった。
 それは慣れない場所というのもあるが、それ以上にやはり周りからの視線が一番の原因だ。しかもそれらは午前中に散々に浴びた珍獣に対する好奇の視線とは違い、もっと探るようなそういう類の好奇の視線だ。
 原因はぼくと一緒に居る女性、子荻ちゃん。
 直系でこそ無いものも檻神の血を引く彼女は間違いなく世界有数のお嬢様で、オマケに前理事長の娘で澄百合学園史上至高の逸材とも言われる存在なのだ。いやいや、そんな肩書きなど無くたって、その凛とした立ち振る舞いだけでも生徒たちの憧れの的となるのには十分すぎるだろう。
 そんな憧れの相手がぼくのような凡百な冴えない男と一緒に居ればいぶかしむのも無理はない。
 しかし当の子荻ちゃんはそんな周りの視線など一切気にも留めずに、ぼくの目の前で持参していたお弁当を広げている。
 玉子焼き。唐揚げ。ポテトサラダ。スティック状にカットされた人参とセロリ。胡麻塩を塗したご飯。さっき売店で買ってきていた牛乳一瓶。それに別のパックに入っているデザートのリンゴはウサギの形にカットされていて実に可愛らしい。
 …………。
 似合わねぇ。
 ちなみにぼくはご飯と味噌汁。こんがり焼かれた塩味の利いた焼き鮭。それにお新香という定番の焼き魚定食だ。
「子荻ちゃんって料理できるの?」
「意外そうに言われるのは心外ですね。 私とて料理くらい嗜みます」
「うーん、子荻ちゃんもやっぱり女の子なんだね」
「料理を作れるのに男も女も関係ないでしょう。 ましてや成人にもなって料理の一つも作れないような人間は、自立心以前の問題として堕落しきっているだけです」
 それにと、子荻ちゃんは一層ぼくに向ける視線を冷たく鋭いものにする。
「その言い方ですとまるで私がちっとも女らしくない――少なくともあなたの中の私に対する認識としては女性らしさが欠けた人物だといわれているように受け取れます。 もしそうならば私はあなたに対して徹底的な意識の改革を行わなければならなくなりますね」
「そんなつもりは……」
 無くは無いか。
 別に男らしいとかって思っていた訳じゃないが、それにしたって4年前のあの出会いの中で子荻ちゃんから女の子らしい部分を見つけろというほうが無理がある。
 イメージは日本刀。
 鋭く冷たい。不用意に近づけば容赦なく斬って捨てられる。
 それは今の子荻ちゃんとて同じだ。
 だけど――。
「そうですね。 まずは手始めに明日のあなたの昼食を私がお弁当を作ってきて差し上げましょう。 明日といわず明後日も明々後日もあなたが私に対する認識を改めるまで作り続けて差し上げますよ。 もちろんそれは序の口です。 この私がありとあらゆる策を用いてあなたの中の私に対する間違った認識を正して見せましょう」
「謝るから勘弁してよ」
 つうかそんな事に策を使わないでほしい。
 やはり抜けない悪癖、なのかねぇ。
「謝るくらいなら初めから誤らないでほしいですね。 まあ良いでしょう。 この件に関しては後々時間を十分にとってゆっくりと話し合うとしましょう」
 何が何でもぼくを逃がすつもりは無いらしい。  ぼくみたいな奴なんかにどんな風に認識されていようと子荻ちゃんには取るに足らない些細な事だろうに、何故そこまでぼくに突っ掛かるのか。これもぼくが子荻ちゃんに仕出かした『何か』と関係があるのか。
「このまま雑談に花を咲かせるのも悪くはありませんが、時間もあまり無いことですし、いい加減そろそろお互いに本題に入るとしましょう」
 そう言って、子荻ちゃんはその冷静で冷徹で冷酷な目をぼくへと向ける。
 その冷たい刃のような視線でぼくを斬り付ける。
あなたがこの学園に来た目的は何ですか、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「…………」
 まあ、そうだよな。まさか子荻ちゃんが、本気でこのぼくがこの学園の臨時講師として来たなんて思う訳が無い。彼女はぼくがどんな人間なのかも知っているし、何よりも彼女はあの《首吊り学園》の当事者なのだ。
 生徒の奇異の視線で動きにくいだとか他の教師の嫌疑の視線が枷になるとか、そんな有象無象などこの際問題ではない。凡百の百の視線よりも、否、千の視線、否否、万の視線よりも、この《策師》一人の視線のほうがずっと脅威だ。
「大方、この学校が再び活動を始めたことで以前のような企みがあるのではないかと疑い、それを暴きに、事によっては潰しに来たといったところでしょうか」
「とんだ勘違いだよ、子荻ちゃん。 最近ぼくの方も生活が苦しくってね。 手伝ってくれている人たちに対しても払うお給料が無くって困ってるんだよ。 だからこうやって出稼ぎに来たって訳さ」
「相も変わらずの見え透いた嘘ですね。 しかしその見え透いた嘘が怖い。 あなたは無意味に無闇に見え透いた嘘をばら撒き続ける。 そのせいであなたの言葉は全て見え透いた虚言に思えてきてしまう。 それがたとえどんなに見え透いた真実だとしてもです。 真実を虚偽に貶めて、虚言を根源に置くことで真偽を曖昧にして事態を混沌に陥れる。 何が真実で何が虚偽なのか。 何から嘘で何から真相なのか。 真実も嘘もその意味と重要性を失い、ただ一時の戯れとなる。 まったく戯言とは良く言ったものです」
「それは子荻ちゃんの過大評価が過ぎるよ。 ぼくはそんな大した奴じゃ……」
「あなたの過小評価になど興味はありません」
 ぼくの言い分など最後まで言わさずにバッサリと切り捨てる。
 お嬢様なんだから人の話は最後まで聞くという礼儀くらい守ってほしい。
「それにあなた自身が大した人物じゃないから問題なのです。 あなたが大した人物ならば皆は警戒できるでしょう。 しかしあなた自身は本当につまらない冴えない面白みの無い人間だから誰も警戒しない。 警戒しようとしても隙が生じてしまう」
 余計なお世話だ。
 自分でも自覚している事を改めて他人に指摘されると割とへこむものがある。
「あなた自身は大した人物ではなく、あなたがすることも大した物ではない。 それなのに周りに与える影響は多大な物となり、結果は大過となる。 あなたにその意思が在ろうが無かろうが関係なく、あなたの周りでは全てのものが狂っていく。 確か4年前にもそう言ったはずでしたね」
 《無為式むいしき》。
 無闇の為にのみ絶無の為にのみ存在する公式システム――存在するだけで他のあらゆる式も解も狂わせる迷惑極まりない絶対方程式。
 忘れる訳が――無い。
「それを分かっている子荻ちゃんなら、ぼくを尋問しても無駄だって言うことくらい分かってるんじゃないかな。 ぼくにとっては嘘を本当の事のように語るのも、真実を虚偽の事のように語るのも難しいことじゃない。 結局のところ子荻ちゃんが真実だと思った事が真実だし、嘘だと思った事が嘘になるだけだよ。 少なくとも子荻ちゃんにとってはね」
「元より、あなたを尋問する気など私にはありませんよ。 あなたから情報を聞き出そうなどとそれこそ無為な行為というものでしょう。 ですからあなたから私が情報を引き出すのではなく私からあなたに情報を差し上げます」

いくら調べようとも何も出てきませんよ、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「この学校はまっとうな、まっすぐな女の子を育てる施設です。 何も後ろめたいことは――、少なくともあなた方が考えているような類のものは一切ありませんよ」
「そんな言葉を信じろって言うのかな。 信じられると思っているのかい」
 信じられるわけが無い。
 この学校の関係者の言葉を、《首吊り学園》出身者の言葉を、何よりも萩原子荻の言葉を、そのまま鵜呑みになんて出来るわけが無い。
 子荻ちゃんだってぼくに今の言葉を信じてもらおうなどと思っていないだろう。つまり、これは――。
「信じる信じないはご自由に。 私が提供するのはあくまでも情報であってそれ以上でもそれ以下でもありません。 それをどう扱うかどう受け取るかはあなたの自由です。 あなたが真実だと思えば真実ですし嘘だと言えば嘘になる、これはそういう類の情報なのですよ。 あなただってまさか私から善意の情報をもらえるなんて期待していたわけではないでしょ。 だって、これは――」
 子荻ちゃんは不敵に不遜に笑う。
 まるでようやく出会えた宿敵に正々堂々真っ向から宣戦布告するように。
 いや、『ように』などという曖昧なものじゃない。だって、これは――。
「これは《詐欺師》と《策師》の再戦リターンマッチなのですから」
 ぼくは侵入者で彼女は妨害者。
 彼女は抗体でぼくは異物。
 奇しくもそれは4年前の再現。
「4年前は勝敗など決すことも無いまま、勝負そのものが曖昧に終わりましが――、その『結果』をもってして既にあなたに軍配が上がったようなものですけどね。 今回は白黒はっきりとつけるといたしましょう」
「それはまた、随分と君らしくない言葉だね。 勝利も敗北も次の策のための布石、経過も結果も手札の一つ、軍配も采配として振るい、白も黒もまとめて手駒とする、そしてなによりも自分で『目的』を持たない君の台詞とは思えないね。 ぼくらはベクトルこそ違えそれらの点においてはとても似通っていたと思ったんだけど」
 勝利も敗北も恐れず目的に従う策師と、
 勝利も敗北も恐れて目的を拒む詐欺師。
 性質がまったく違うぼくらは、とてもよく似ていた。
「そうですね、そうかもしれません。 しかし人は変わるものです、変わってしまうものです。 ましてや置かれた環境が急変してしまった場合は尚のこと。 あまり実感はありませんでしたがこうやってあなたと話すことでようやく実感を得られましたよ、自分が変わったということにね。 ええ、ですから私は変わりました。 あなたが変わったようにね」
 子荻ちゃんはそう言って、変わらぬ相手を威圧する視線を遣す。
 その目はやはり冷静で冷徹で冷酷で刀のように容赦の無い強さを持っていた――が、楽しむような嬉しむようなそういう感情が読み取れた。それはやはり4年前には無かったものだ。
 ぼくは、どうなんだろう。
 玖渚に言わせれば変わらないぼくは、玖渚の言うように変わったのだろうか。
 目の前の、変わったという彼女の眼には、ぼくはどのように映っているのだろう。
 死んだ魚のような目をしたぼくは、、、、、、、、、、、、、、、――、
 せめて生きた魚のような目をしてるのだろうか、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「そうなのかもしれないね」
 答えの分からないぼくは、結局いつものように相変わらずの曖昧で頷く。
 本当に、いつまで経っても変わらない戯言だ。
「いいよ、子荻ちゃん。 どうせぼくも君と再会した時点でこの再戦は避けられないと覚悟していたからね」
 だからぼくは戯言を吐く。
「君の挑戦、受け流そう。 今回の勝負もぼくが台無しにして見せるさ」
「あは」
 子荻ちゃんのその笑いが4年前のモノと同じかどうかは、ぼくは思い出せなかった。





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