私の夢は現実を見ることです。


   

 ぼくの記憶力の悪さはかなりの定評がある。ぼく自身もまた、そのことに関してはきちんと自覚しているつもりだ。ぼくなら人の名前を六時間で忘れることも造作もないことだろう。もしかしたら六分で忘れることも出来るかもしれない。試したことは無いし、これからも試すつもりはないし、何よりなんの自慢にもならない話だ。
 しかしと言うか、当然と言うべきか、だからと言ってなんでもかんでも忘れてしまうわけではない。それではまともに生活など出来るわけも無く、今頃はそれこそ病院が我が家になっているはずだ。
 そんな訳で過去の出来事をちゃんと憶えている。
 これもまた、当たり前なことだけど、それが決して良い事だけとは限らない。
 忘れてしまったほうが良い記憶。
 忘れてしまう事が出来ない記憶。
 そう言うものも、人生における誤植などではなく必然として存在する。
 ぼくの過去は大方罪悪に塗れている。
 誰がなんと言おうとこればっかりは覆さない。
 覆させやしない。
 ぼくが今まで辿ってきた軌跡と今でも犯してきた罪悪はぼくの背中に背負われる事無く、ぼくの足元に無残にも残骸を晒している。そうして出来た過去と過失の瓦礫の山。最悪に不安定なその上に奇跡的なバランスで今のぼくは立っている。
 それらは忘れてしまえばそれはあっさりと瓦解することだろう。そうなれば、バランスを取る必要も無くなり楽にはなるのだろうとは思うけど、今までのぼくも今のぼくも死骸になってしまう。
 そんなのはごめんだ。
 今まで歩んできた過去を背負えるなんて思えないし、思わない。
 今まで犯してきた罪悪を償えるなんて思えないし、思わない。
 過去がどうした所で過去であるように、罪はどうした所で罪だ。
 何をしたところで犯した罪は消えることは無い。何を持っても贖えない。どんな罰をもってしても償えない。ましてや、易々と背負って良いものでも、無い。
 だからこそぼくは、せめてそれらの物語を忘れたくなかった。
 ぼくは過去を噛み締めて、罪悪を踏み締めて歩く。
 過去と犯してきた罪を踏みしめて現在に立ち、現在と犯している罪を踏み越えて未来へと歩く。
 だからぼくは、これからも必死でバランスを取り続けるつもりだ。日々積み重なり、バランスが危うくなっていく瓦礫の上で、瓦礫を積み重ねながら。
 過去を想う事に意味は無いけど、
 過去を持つ事に意義はあるはずだから。



 平日にもかかわらず、本日ぼくは仕事がなかった。
 自営業で、依頼人から仕事の依頼が無ければ仕事が成立しない以上、こういう日もあるのだろうけど、それでも何というか社会人としてどうなのかと思ってしまう。
 おまけに依頼者の数も増えて、そろそろ仕事が軌道に乗ってきたと言えなくも無いのだが、生憎とその大半が報酬の無い仕事だったりする訳で、商売としてはあまり繁盛しているとも言い難い。
 別にその事については構いやしない。元々金儲けがしたくて始めた仕事ではないのだから、ちょっとくらいお金が稼げないからと言ってその事に対して不満を持ったりなんかしない。そもそもお金なんていうものは所詮その場凌ぎの一時的価値しか持ち得ない紙っぺらでしかなく、そんなものの為にアクセク働けるほどぼくは勤勉な性格をしていない訳で、いちいちそんな事に煩っているほどぼくは神経質な性質では無いのだ。
 ………うん、まあ、戯言なんだけどね。
 でも、ぼくがこの仕事を始めたのがお金儲けが目的でないのは本当だ。
 そちらの方は順調に目的を満たして行ってくれている。もっとも、もう一つの目的である、尊敬しているあの人のようになりたいと言う方は今もまだ、ちっとも達成できていないなんだけどさ。
 そんな訳で、ぼくにとってはこの仕事自体が報酬とも言えるのだ。お金の方は……まあ、あって困るもんでもないし、先立つものは何に対しても必要なのも事実だ。
 とにかく、そのお仕事も今日は休みだ。
 仕事が無い日は大概自分の部屋でぼうっとしているか、顔見知りと一緒にどこか出掛けたり、知り合いの仕事を手伝ったりしている。知り合いの仕事の手伝いは、自分の仕事をする時よりも疲れる上に、冗談抜きで命懸けである事が多い。
 今日は顔見知りとお出掛けだ。
 同行者は同じアパートに住む紫木ゆかりき一姫いちひめ闇口やみぐち崩子ほうこ
 行き先は動物園。
 こないだすっぽかした埋め合わせと言うか、日にち変更での決行だ。
 二人との約束をすっぽかした事をすっかりと忘れていたぼくが、玖渚のマンションから自宅のアパートに帰宅すると、そこには当然予想してしかるべきだった、二人の恨みがましい視線が待っていた。人に恨まれ疎まれることには慣れているはずのぼくですら怯んでしまうくらいに凄まじい呪詛だった。約束をすっかり忘れていたのはぼくが悪かったと思うけど、何もここまで恨まなくても良いんじゃないかと思ってしまう。
 それだけ、楽しみにしていたと言う事かもしれない。
 そう考えるとぼくの中で罪悪感がずんずんと重くなっていく。
 せめて憶えてさえいれば断りを入れてぼく抜きで行ってもらえただろうに、根が素直で真面目な二人はぼくが帰ってくるまでずっとぼくの部屋の前で待っていた。
 ………そりゃあ、恨まれもするよな。
 そんな二人にぼくは戯言のひとつも言えずに怯んでいると、やがて二人は今度こそ連れて行ってくれるのならば許しても良いと言ってくれた。
 もちろんぼくはその案を喜んで呑んだ。
 このアパートで住人の恨みを買いながら生活するのは正しく地獄と言って良い。そんな事で許してもらえるのならば、随分と易い条件だ。
 ぼくは二人に今度こそ絶対に一緒に行くことを約束して、その上で改めて誠意を込めて謝罪した。………もちろん戯言は抜きだ。
 そして今日がその約束の日だ。
「師匠、おはようです」
「おはようございます、戯言遣いのお兄ちゃん」
「ん、おはよう。 二人とも早いね」
 ぼくが部屋を出るとそこには既に準備万端の二人が待っていた。いまさら遠慮する仲でもないんだから上がって待っててくれれば良かったのにとも思いながら、二人に挨拶を返す。
 姫ちゃんは白地のTシャツに膝丈ほどの長さのスカートに、腰にはポーチを付けている。髪は出会ったころよりも伸ばした髪をうなじの辺りで一つにまとめて黄色いリボンで結わいている。姫ちゃんはよく、もう少し大人っぽい服装を着たいと言っているが、出会ったころからあまり成長しできていない体躯ではそれもあまり望めるとは思えない。それに今の服装も十分にあっていると思う。肩から掛けている少し大きめのバックが不釣合いではあるけど、まあご愛嬌だ
 崩子ちゃんも相変わらずのおかっぱ頭にワンピースだが、こちらは年相応に成長している身体にも似合っている。以前のようなお人形さんのような可愛さとは違ってしまっているかもしれないが、質素ながらの魅力を出している。これでは萌太君も色々と心配だろう。……悪い虫とか。まあ、崩子ちゃんにせよ姫ちゃんにせよ、下手に近づいた虫は容赦なく本人たちに潰されそうなんだけどさ。
「師匠、今日は逃げてませんね」
「こないだのだって逃げたんじゃないよ。 何度も説明したろ」
「わかってますよー。 友さんから連絡があったのが嬉しくて、姫ちゃんたちとの約束は暴食の彼方へすっ飛ばしちゃったんですよね」
 非難がましく、と言うかあからさまに非難する姫ちゃん。
 つうか、暴食の彼方ってどこだ? 出夢くん?
 だが、この明らかにぼくに非がある状況下で突っ込めるほどぼくは図太い神経を所有していない。それに姫ちゃんが言っている事は多少大げさで、脚色があるものも、ほとんどあっている訳で戯言遣いも押し黙るしかないのだ。
「だから、その事は本当に悪かったよ。 今日は出来る限り二人の要望に応えるからそれで約束どおり許してくれ。 正直これ以上いじめられるとこのアパートから家出しそうだ}
「それはご実家の病院に帰られると言うことでしょうか?」
「…………最近は、そんなにお世話になっていないと思ったんだけどね」
 本当に逃げ出したくなってきたぞ。…………鴉の濡れ羽島あたりにでも。あー、でもあそこには今、ぼくの天敵が二人もいるからなあ。やっぱり微妙だぞ。
「お兄ちゃん、何を黄昏ているのですか。 そろそろ出かけないとお昼になってしまいますよ」
「……うん、そうだね。 お昼はぼくが奢らせてもらうよ」
「お昼ごはんの心配なら無用ですよー。 姫ちゃんと崩子ちゃんがお弁当を用意しましたから。 もちろん師匠の分も作って上げたですから、ちゃんと感謝してくださいね」
 そう言って、肩に掛けていた大き目のバックを自慢げにぼくの目の前に突き出す姫ちゃん。
 なるほど、大きいバックだと思ったらそういう事だったのか。あれ? でも姫ちゃんって料理作れたんだっけ? そんな話は聞いたことないけど、でも手先が器用だから料理くらいお茶の子さいさいなのかな。
「へー、わざわざありがとう。 手間だったんじゃないの?」
「いえ、萌太の分を作るので慣れていますから」
「姫ちゃんも澄百合学園の修学旅行で作ったことありますよ。 あのときは食材も現地調達ですから、それに比べたら師匠の分のお弁当を作るくらい朝寝坊前です」
「寝坊しちゃお弁当は作れないよ」
 ってか、姫ちゃんが作ったのはお弁当とは言わない。
 まさか今日のお弁当にも野性味たっぷりの食材が使われてたりしないよな。
 ぼくは思わず姫ちゃんが突き出しているバックを腰が引けながら凝視してしまう。まさかダンジョンに落ちているあからさまに怪しい宝箱みたいにバックを突き破って襲ってくるなんてことはねえと思うけど、油断は出来ない。
「どうしたですか、師匠? そんなにバックを睨んで――あー、さては朝ご飯食べてないからお腹空いてるんですね。 でも駄目ですよー。 これはお昼までお預けです」
 そう言いながらも姫ちゃんはぼくの視線からバックを隠そうともせずに、それどころかさらに突き出してくる。
「…………」
「…………」
「…………?」
「……………………うー、師匠はいつまでボーっとしてるですか。 早くバックを持ってください」
「え、ああ」ぼくはようやく頷く。「ごめん、気が回らなかったよ」
「女の子に荷物を持たせて平気だなんて、つくづく師匠は男として最低から一歩手前に存在する性質の持ち主です」
 えらい言われようだが、ぼくが男らしい男かと言われればそんな事があるわけもなく、現実に気が回らなかったのだからその言い分は謙虚に受け止めさせてもらおう。
 あれ? そう言えば以前誰かとそんな男の話をした事があったような気がしたけど、あれは何時何処で誰とどんな話をしているときだったかな? 思い出せないって事は大した事じゃないんだろうけど、ぼくの記憶力でそんな会話があったという事を憶えているという事はそれなりに大事な気もするし………うーん、まあ良いか。
 ぼくは気持ちを切り替えてご立腹な姫ちゃんからうやうやしく荷物を受け取る。



   

 さて動物園とは言うまでもなく、鉄の檻に閉じ込められた動物たちを眺める事により社会という名の檻に囚われた人間たちがしばしの癒しと慰めを享受する場所だ。………なんて言うのはそれこそ薄汚れた大人の理論、つまりはぼくの吐く戯言でしかなく、本来のターゲットとも言える子供たちは純粋に動物の愛らしさや躍動感溢れる姿を楽しみ感動している。少なくとも感傷にふける為に訪れる子供は(絶対にとは言わないが)いまい。
 ここでもう一度、ぼくらの面子を考えてみよう。
 先に述べたようにすっかりくたびれた駄目大人なぼく。
 体躯は幼くとも、その精神の根幹には煉獄において地獄を刷り込まれた20歳の美少女と虫や小動物の殺害を趣味としていた17歳の美女。
 一般常識に照らし合わせて考えてみれば、どうしたって動物園で楽しめる面子じゃない。
 だがそこは一般人とは違う面子だけあってそんな一般常識など気にも留めず、少なくとも姫ちゃんと崩子ちゃんは十分に楽しんでいるようだった。
 毒をもって毒を制するように、
 不条理をもって非常識を征する。
 …………。
 あくびが出るほどの戯言だ。
「ずいぶんとお疲れのようですが、大丈夫ですか? 戯言遣いのお兄ちゃん」
「ん? ああ、ちょっとね」崩子ちゃんに頷きながら言う。「さすがに午前中からずっと歩きっぱなしだからね、ここのところの運動不足が祟ったのかな、ちょっと疲れたね。 二人は大丈夫?」
「はい、いくら衰えたとは言え基本的に鍛え方が違いますから」
「姫ちゃんも大丈夫ですよー」
 そうだった。二人ともその本質から離れて大分経つとは言え、元『暗殺者』、元『狂戦士』。ぼくのような少々道場系の格闘技とトレーニング、それに修羅場を潜って来た程度の一般人とは根幹が根ざす根本から違うのだ。
「とは言えです。 実際そろそろお昼ですしここら辺で一度休憩しましょうか」
「そうですね、せっかくお弁当を作ってきたんですから食べちゃいましょう」
 そんな訳でお弁当を広げれそうな場所を探すことになった。
 探すとは言ったものも、平日の動物園がそれほど込んでいるわけもなく、随分あっさりとその場所を発見確保することができた。
 だが最大の問題はここからだ。
 当然で当たり前で必然にして覆しようのない因果関係としてお弁当を食べようと思うのならばお弁当を取り出さなければないらないという事だ。果たして二人(と言うか姫ちゃん)が作ったお弁当はまともに食べられる代物なのだろうか。
「師匠ー、何してるですか。 早くお弁当を出してください」
「う、うん、そうだね」
「別に形が崩れるような物は入っていませんから、そんなまるで爆弾を処理するような慎重さは必要ありませんが」
 かなりビビリが入っているぼく。
 落ち着けぼく。
 こういうのはあまり緊張したら手元が固くなり大失態するっていうのが定番だろ。気を楽にして手元を優しく、女の子の柔肌を撫でるように………って、んなもん余計に緊張して手元が狂うだろうがっ。ぼくはそんな経験豊富な人間じゃねえ。
 ぎこちない手付きのままぼくは大き目のお弁当箱をバックから取り出す。ここまでは幸い何事も無く、お弁当箱の見た目もごくごくありきたりな普通のお弁当箱だ。少なくともギザギザの牙を生やして真っ赤な下を出しながら襲ってくる様子は無い。
 だからと言ってここで油断するほどぼくは愚かではない。先も言ったがこれでもそれなりに命懸けの修羅場を潜って来ているんだ。戦場での一瞬の油断が死を招くことくらい重々承知している。
「どうしたですか、師匠。 そんな息を荒くして冷や汗びっしょり掻いて」
「心なしか手も震えているようにも見えますが、どこか体調が悪いんですか?」
 不審そうに問う二人に、しかし構う余裕も無く、ぼくは弁当箱を睨み付ける。
 そしていよいよ意を決してぼくはパンドラの箱を開ける。
「…………」
 黄色い表面においしそうな焦げ目がついた玉子焼き。持ち運びしても萎びれないようなお惣菜物のサラダにミートボールが数個転がっている。もちろん定番のおにぎりにサンドイッチ、おにぎりのほうは具は見えないがサンドイッチの方はタマゴやサラダ、シーチキンなんかが入っている。野菜物が多いのはベジタリアンである崩子ちゃんのことを配慮してのチョイスだろう。実に彩り豊かで、素直に、
「おいしそうだね」
「その割りに随分とがっかりしたように言いますね」
 折角褒めたのにぼくの感想がお気に召さないようだった。
 それに拍子抜けしたのは事実だががっかりなんか断じてしていない。食べ物でネタを振れるほどぼくは裕福に育ってはいないのだ。
 そんな訳で出だしはこんな感じだったが食事自体は滞りなく済ませた。お弁当を作るときに発生した失敗談などを聞かせてもらったが、それはここでは割愛。ぼくは他人様の失敗を風潮するような悪趣味はしていない。
 それに結果として二人の作った料理はとてもおいしかった。
 そりゃあ、あの島の料理人の彼女や哀川さんの手料理には味としては数段劣るものではあるが、あの二人は比較対照として間違っているし、そもそもわざわざ作ってくれたという事実が嬉しい。実に陳腐で捻りのない言い方だが、冷めたお弁当でありながらもそこには確かに温かみがあった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまです」
「師匠ー、お味はどうでしたか」
「うん、おいしかったよ。 すごく意外だった」
「一言余計です」
 思わずもれた本音に冷たい視線が突き刺さる。
 世の中正直な事が美徳とは限らない。いや、ここはそんな教訓じみた感想を持つところじゃねえ。
「ごめん、悪気は無かったんだよ」
「悪気が無ければ良いと言う物ではありません」
 やっぱり許してもらえなかった。
「ほんとに悪かったと思ってるんだよ、こないだすっぽかした事も含めてさ」
「それもまたついでで謝って良い物でもないですよー」
 姫ちゃんも許してくれなかった。
 うーん、やっぱり難しい。
 罪を犯しながらそれを許してもらうなどと言うのは虫が良すぎるを通り越して、最悪な事だというのはぼくだって分かってはいるが………この状況、いっそ最悪でも構わないとか思ってしまいそうだ。
「しかし今回だけは許します。 友さんからのお呼びとあってはお兄ちゃんが浮かれるのも、仕方ありませんし、ね。 ですが今度からはせめて一言くらい断りを入れてください。 さすがに何の通知もなくすっぽかされては次は色々と我慢しきるだけの自信はありません。 そこら辺の礼儀はきちんと通してください、いくら私たちとの約束と友さんからの突然の用事とでは優先順位に天と地の差があるからとしても、です」
「優先順位って………そんな物事すべてに順番をつけれる何て言うのはただの幻想だよ」
「ですが、事実でしょう。 それともお兄ちゃんははっきりと無いと言い切れるんですか?」
 そんな風に言われれば答えはやはり「否」である。
 ぼくにとって玖渚はほかの何にも代替の利かない唯一無二の掛け替えようもない存在だ。玖渚のためならば、玖渚とともに居るためならば――ぼくは今あるすべてを躊躇いなく捨て去ることができる。
 二人には悪いが、本当に申し訳ないと心から思うけど………今回もこれから先も玖渚からの要請があれば二人と交わした約束を破るだろう。再びと言わず何度でも、繰り返し繰り返し重ねていく。
 こればかりはどうしようもないだろう。だから、せめて――
「うん、今度からはちゃんと断りを入れるよ」
「はい、確かに約束しましたよ」
「もしも約束を破ったら針マンボーです」
「………随分と刺々しいマンボーだね」
 ぼくの中のマンボーに対するイメージを一新させるには十分すぎるインパクトを持った生き物だ。
 ………言うまでもなく正解は針千本なんだろうけど。
 とにもかくにもまたしても無責任な約束をしてしまった。今度破ったらそれこそ嘘吐きとして舌の一つや二つ引っこ抜かれるかもしれない。それはぼくのキャラクターの否定につながるので是が非でも回避したいところだ。
 約束は破られるためにあるそうだ。
 誰もがそう思うだろうし、ぼくも今でもそう思っている。
 だけど、それならば――約束は破られるものだというお約束の展開も破られてもいいんじゃないか、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 ぼくはたまにだけどそう思う。本当に、極稀にだけど。
 ホント………お約束の戯言だ。





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