001

 本日、七夕は僕の彼女であるところの戦場ヶ原ひたぎの誕生日である。

 いきなりの出だしで申し訳ないが、しかし第三者による恋人の誕生日の話を聞くことを快く思わない人間も決して少なくない人数がいるであろうことを考えれば、はじめにこの物語の趣旨を述べることによって、そういった人達には不愉快な思いと無駄な時間の浪費を防いでもらいたいという僕なりのせこい算段によるものだ。
 まあ、つまりは今回はそういう話だということだ。
 僕、阿良々木暦が恋人であるところの戦場ヶ原ひたぎの誕生日を祝おうとして、例によって失敗する、そんな話である。

002

 さて、僕が戦場ヶ原の誕生日である本日、何をしているかといえば、教室の床の上で正座をしていた。
 戦場ヶ原ひたぎに正座を強制されていた。
 何故こんな事になっているのか疑問に思う人達も多いのではないだろうか。
 何を隠そう、僕もその一人だ。
 何で?
 どうして僕は教室で正座なんてさせられてるんだ?
 多分、この答えばかりはあの委員長の中の委員長、羽川翼でも知らないだろう。
 知っている者がいるとすれば、正座している僕を無表情に見下ろす戦場ヶ原だけだろう。
「知らなかったわ、阿良々木くんってそうやって正座している姿がとても様になるのね」
「それ絶対に姿勢の良さとか、侘び寂びとかそういんじゃねえよな」
 剣道や柔道、将棋や囲碁などの競技者がしているような正座には確かに格好良さがある。
 しかし今の僕のように縮こまって正座し、それを上から見下されている姿に侘び寂びの格好良さなど無い。
 あるのは詫びている惨めさだけだ。
「なあ、戦場ヶ原。 さすがに学校でこれはマズイんじゃないか? 誰かが教室に戻ってきたりしたらどうするんだよ」
「そのセリフだけ聞くと何だか如何わしい行為をしているみたいに聞こえるわね。 さすがは阿良々木くんね。 どんなことでも如何わしいモノにしてしまうなんて、人間性が言動に滲み出ているわ」
「お前は何を言うにしても毒々しいな!」
 とてもご機嫌な戦場ヶ原さんだった。
 何なんだ?
 もしかして誕生日でテンションが上ってるのか?
 でも、どう考えてもそんなキャラじゃないよな。
「なあ、戦場ヶ原。 なんで僕は正座をさせられているんだ?」
「自分の胸に聞いてみたらどうかしら?」
 僕が何かをしたというのか。
 もしかして、八九寺や羽川にやっているスキンシップが漏洩しえいたのか!?
 くそっ。 一体どこから漏れた!?
 いや、落ち着け。もしもそれらが漏洩していた場合、この程度の仕打ちで済むはずがないだろう!
「ふん、戦場ヶ原。 僕はあまり見縊るなよ。 その程度で僕が口を滑らすとでも思うなよ」
「つまり、阿良々木くんの胸の中には口から滑り出ては困ることが秘められているのね」
「しまった!」
 なんて簡単なんだ僕は。これじゃあ見縊られても仕方ない。
 戦場ヶ原の視線がシンプルに縊ろうとするモノに変わっていたのが見えてしまった。
 こえー。
「まあ、良いわ。 阿良々木くんの胸の内は後で開いて確認すれば良いことだし」
 それは、話し合って聞き出すという意味だよな。
 物理的に僕の胸筋を切り裂いて除くという意味じゃないと思いたいが、右手で弄ばれている鋏が僕に楽観視を許さない。
「阿良々木くん。 阿良々木くんは、今日のために、私の誕生日のために何だか色々と仕込みをしていたそうじゃない」
「なんだよ、バレてたのか」
 折角、ギリギリまで隠し通して驚かせようと思ったのに、うまくいかないものだ。
 どうやら穏やかな話題の方に逸れたという安堵と、秘密裏に行なっていた計画がバレた落胆が胸のうちに広がる。
 そんな僕の思いはわざわざ胸の内はわざわざ開くまでもなく察したのか、戦場ヶ原は楽しげに微笑を浮かべる。
「ちなみに情報源は神原よ」
 一応あいつにも内密にしておくように言っておいたのに、裏切ったな。
 まあ、神原のあの性格は隠し事には向かないだろうし、相手は神原が敬愛して止まない戦場ヶ原だ。隠し事をし通すなど出来るわけがなかったか。
「まあ、そうじゃなくても授業中なんかに今日は特に阿良々木くんの視線が多くて震えていたから、何かあるだろうとは気づけてたでしょうけどね」
「お前、僕に見られて震えてたとか言うな。 それにそんなに視線を送ってねえよ」
 全く送ってないとは言わないけれども。
 やはり本日ということで気になったし、まあそうでなくとも普段から視線を向ける機会が無いとは言わない。
「誤魔化しても無駄よ。 私が窓の外を見ていて気付いていないとでも思っていたのかもしれないけど、私を見て呆けている阿良々木くんの顔が窓ガラスに反射して写っていたもの」
「呆けてって」
 いちいち僕を貶めないと気がすまないのだろうか。
 それと僕に言われたくはないだろうけれども、授業中は窓の外じゃなくて前の教師を見ろ。
「それで、それがこの正座とどう繋がるんだよ」
「阿良々木くんが私に隠し事をしていたというのは万死に値する不愉快さだけれども、まあ私を喜ばせようというその健気な姿勢に免じて今回は目をつぶるとしましょう」
 いやいや、お互いに隠し事が無しでという約束は怪異絡みに関してだろ。
 それ以外だって確かにあまり隠し事を創るのはよろしくないけれども。
「今回はそのいじましさに免じて、ご褒美をあげようと思って居残ってもらったのよ」
「どう見てもこの姿勢は褒美をもらうって姿勢じゃないだろ」
「主従関係がハッキリと見えて、どちらが褒美を与えてどちらが褒美を受け取るか明確だとは思わない?」
「確かに主従関係はハッキリと見えているけど、んなのは同級生内でやる上下関係じゃねえ!」
「え? 私は常に羽川さんの前では……いえ、なんでもないわ。 それよりも今は阿良々木くんへのご褒美の話だったわね」
 何かを途中まで言いかけて押し黙る戦場ヶ原に、僕は疑念を憶えるが、それを問い詰める前に話を勧められてしまった。
 何なんだ? 羽川が関係しているとなると、僕としてはあまり無視できるものではないのだけれども。
「阿良々木くんには特別にこの場で私に誕生日を祝う言葉を言わせてあげる」
「お前はどこかの王族か!?」
「王族? 私はそんな血筋で偉ぶるような輩と一緒にしないでくれるかしら。 私は私だから偉いのよ」
「確かにお前はお前だろうな」
 生まれとか血筋とかじゃなく戦場ヶ原ひたぎは戦場ヶ原ひたぎだ。
「さあ、阿良々木くん。 私の誕生日を祝う言葉を囀ると言いわ」
「囀るって」
 凄い言様だ。
 そんな感じで誕生日を祝われて嬉しいのだろうか。
「ちなみにチキンな阿良々木くんがさっきから心配している他人の介入は心配しなくても良いわよ。 今日、この日この時間なら教室に人が来ることは殆ど無いから。 伊達に秘密が漏れた相手を秘密裏に口封じをしてきたわけじゃないわ」
「そこは伊達で済ませて欲しかったよ」
 人が来ないという戦場ヶ原の言葉は信じてしまって良いのだろう。
 一度その校内における人間の流れの把握能力を痛さとともに実感させられた。
 しかしこれはつまり、僕が言うべき誕生日祝いの言葉は中途半端なものでは許されないということか。
「それとも阿良々木くんが私の誕生日を祝うのは義理であって、心からの祝福じゃないから言葉なんて無いのかしら」
「そんなわけないだろ。 僕はちゃんとお前を祝いたいと思ってるんだよ」
「それじゃあ、ちゃんと言えるわよね。 阿良々木くんは私の誕生日の何を祝ってくれるのかしら」
 やれやれ、どうやらもう逃れそうにない。
 あまり引っ張って長引いても、待っているであろう羽川や神原に申し訳ない。
 それにまあ、なんだ。
 やっぱりみんなと祝うのもいいけど、こうやって一対一で祝うのも満更じゃないしな。
 少しばかり照れくさいが、その照れくささを紛らわしてくれるこの状況かを作ってくれた戦場ヶ原のご褒美を受け取らせてもらおう。
「誕生日おめでとう、戦場ヶ原。 お前と出会ってから色々と傷つきっぱなしだけど、お前が居なきゃ味気ない人生だったと思うと、こうしてお前と居てくれてよかったと思ってるよ」
「オリジナリティに欠けるわね」
 そう辛辣な評価を下す戦場ヶ原の表情を見て、僕はとりあえず一安心する。
 どうやら、お気に召さないわけではなかった。
「来年はもっと良いお祝いを期待しているわよ、阿良々木くん」
 僕に対してやたらと厳しい戦場ヶ原のことだ。
 たぶん来年でも僕の言葉に合格点をくれるとも限らない。
 だから――。
「だから毎年楽しみにしてろよ。 合格点が出るまで何度でもチャレンジしてやる」
 さて、来年のためにこの一年も戦場ヶ原とともに一緒に歩むとしよう。





あとがたり
私の好きなラブコメ漫画に「うる星やつら」というモノがあります。
あれの最終回での主人公とヒロインの会話が二人の個性を良く表していて凄く好きでした。
で、まあ今回はそんな感じのセリフでオチとさせて頂きましたが、個性が出てるかは微妙かな。
何はともあれ、戦場ヶ原ひたぎさん! お誕生日おめでとうございます!
これからも貴女のことを色々と書かせて頂きますよ!



戻る