僕としては今回のこの話を語る事は非常に気が進まない。
 春休みの地獄のように自らの恥を晒すわけでもないし、かと言ってゴールデンウィークの時のような自らの愚行を暴くわけでもない。この二つの話題を語るのはどちらも過去の自分の愚かさと現在の自分の罪深さを吐き出すようなものだ。僕はそんな事を好んでやるような、悪趣味は持ち合わせてはいない。
 だが、僕がこの話を語りたがらないのは別にそういった理由ではない。別にこれに関しては僕に落ち度は一切無いはずだ。責任だって僕には無いと言い切れる。
 これはあの春休みの地獄から連なる物語の中では実に稀有な事だ。先に述べた春休みの地獄とゴールデンウィークの悪夢は言うに及ばず、その後の蟹だって、母の日の蝸牛も、猿も蛇も、そして悪夢の再来も、僕は巻き込まれだけというには、余りにも積極的に関わってしまっているし、幾つかはやはり僕にも責任がある。或いは原因が。
 だがやはり今回の事に関しては僕は積極的に関わりたいなんて思った記憶は無い。むしろ、僕は今回のこの件を語る事に関しては全力で否定したいとすら思っている。ましてや責任も原因なんてものは皆目見当も付かない。
 別にこれから語ることが地獄や悪夢のようだというわけではない。
 悪い事でもないだろうし、醜い事でもないだろう。
 それでも僕はこの事を語る事を好ましくは思わない。
 いや、僕のこの気持ちを正確に伝えるにはこう言うべきなのかもしれない。
 僕がこの事を語るのは好ましくは思わない。
 いやいや、これだけでは僕がどれだけ強く否定の念を持っているか伝わるまい。
 僕がこの事を語るのは好ましくは思わない、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 これならば十分だろうか? まさか、だ。傍点くらいではとても足りない。
 僕がこの事を語るのは好ましくは思わない、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 太字は強調の基本だろう。だが、逆に言えば基本如きでは役者不足だ。
 僕がこの事を語るのは好ましくは思わない、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 下線を引いた所でやはり大した足しにもならない。ってか、ゴチャゴチャして見難いだけだ。

 僕がこの事を語るのは好ましくは思わない、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 うん。これで少しは良くなってきた。ここで最高にダメ押しって奴をいこう。

 僕がこの事を語るのは好ましくは思わない、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 これくらいやれば、どれだけ僕が拒絶の念を抱いているか少しは解っていただけるだろう。
 だが、解ってもらった所で、僕がどれだけ拒絶した所で、この決定は覆される事がないという、理不尽な現実の前では何の意味も無いのがとても遣る瀬無い。
 とは言え、本当にいつまでも僕が愚痴っても意味が無いのと同じく、話が全く進まない上に、僕の愚痴だけを延々と聞かされるのは非常に不愉快だろうし、僕としてもとても申し訳ない気分になってくる。
 なので、そろそろ本題に入ろうと思う。
 だが、最後にもう一度だけ僕がこの乱痴気騒ぎに好んで参加したわけではない事だけは言わ……「いい加減にしてくれないかしら、阿良々木君。 ねえ、阿良々木君、その良く回る舌をほんの少しこの鋏で切り取れば、無駄なお喋りを止めてもらえるのかしら?」
「…………」
「返事が無いわね、阿良々木君。 言っておきますけど、私は「沈黙は肯定とみなす」なんていう、相手の意思表示が無い事を良いことに自分勝手に都合の良い解釈をするような愚劣で卑劣な真似はしないわ。 そもそも阿良々木君如きがこの私に対して無視を決め込むなんていう事が何より許せません。 このまま沈黙を貫くようなら、舌を切り落とした上で私と話すときだけ縫い直してあげるわ」
「…………」
 そこまで言われても、その感情と言うものが欠落したかのような平坦な声と無表情に対して尚も沈黙する僕。
 別にこれは反骨精神の表れでもなく、自分の恋人の情の深さに感じ入ったという精神メンタルな理由でもなく、単純に口の中に押し込まれた鋏によって喋ることがままら無いなとい身体フィジカルな理由によるものだった。
 戦場ヶ原ひたぎ。
 もう文房具を凶器として持ち歩くのはやめたんじゃなかったのかよ!
「ああ、そう言えばこの状態じゃ阿良々木君も囀れないわね。ふーん、仕方ないわね、今回だけは特別に阿良々木君の意思を私が読み取ってあげます」
「…………」
 どうやら、鋏を除けるという選択肢を彼女選ばなかったようだ。
 もしかしたら、最初から無いのかもしれない。
「大丈夫よ、心配しないで。 確かに私には阿良々木君のような低俗で卑俗にして猥雑なレベルまで思考を貶める事は出来ないけど、それでも恋人同士なりに気持ちを汲む事は出来ると思うわ」
「…………」
 信用できない。
 気持ちを汲む事が出来るなら、そんな言い方は絶対にしないはずだ!
 鋏以前にお前のその言葉がどれだけ僕の気持ちをズタズタに切り裂いてるか汲んでくれ!!
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 ジョギン。
「!!」
 その音に、頭のなかっが赤だか白だか、とにかく一色に染め上げられた。
 何の予備動作も予告も無く、いきなり鋏を閉じやがった。
「やっぱり無理ね。 っていうか、これはこれで何だかとても悔しいわ。 と言う訳で、阿良々木君には私に気持ちを伝えなかった罰として、少しばかり驚かせてもらったわ」
「って、本気で切られたかと思ったぞ!」
 僕はまだ繋がっている舌を動かして、目の前で閉じた鋏を玩んでいる戦場ヶ原に悲痛な叫びというか、既に悲鳴に近い声を上げる、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「失礼ね。 阿良々木君は私が本当に阿良々木君の舌をちょん切るとでも思ったの?」
「お前ならやりかねないんだよ!」
「凄いわ、阿良々木君。 阿良々木君はちゃんと私の気持ちがわかるのね。 私はとても嬉しいわ」
「僕は嬉しくないぞ!」
 恋人の気持ちが解る事が、こんなにも背筋を冷たくさせるなんて僕は知らなかった。知りたくも無かった。
 何でこいつはこんなに物騒なんだ。
 それとも僕にだけ物騒なのだろうか。そんな特別扱いは嫌だ。例え、それが愛されている証だとしても、僕は恋人との間にそんな猟奇的な関係を望むほど倒錯しちゃいない。
「僕は冗談じゃなくいつかお前に殺される気がするよ」
「当たり前じゃない。 前にも言ったでしょ、阿良々木君を殺すのは私だけよ。 他の誰にも譲るつもりは無いわ」
「冗談じゃねえ!」
「冗談じゃないもの」
 戦場ヶ原はしれっと涼しい顔で恋人殺しのライセンスを叩きつける。
 なんだかなあ。
 こいつの愛情表現は全部本気なだけに、その想いが重い。
 つくづく、難易度の高いキャラだ。
「まあ、取り敢えずはその鋏は仕舞ってくれよ。 一応めでたい話ではあるんだから、そのんなもんぶら下げてたらさすがに物騒だろ」
「それもそうね。 いい加減に阿良々木君の唾液がべったり付いたモノなんて持っていたくないし」
「酷い事言うなあ!」
 確かに唾液がべったり付いたその鋏は汚いと言われても仕方ないのかもしれないが、それを恋人に正面から言われるのはきついものがある。割と本気で泣きそうなっている自分にちょっとびっくり。
「うーん、どうしようかしら。 そのまま棄てるのも環境に良くないし……。 神原いる?」
「なんと!? そんな貴重にして高貴な代物を私如きが頂けるというのか!? 畏れ多くてとても触れられなさそうだが、しかし折角の戦場ヶ原先輩の好意を無駄にするのも私にはそれ以上に畏れ多くて出来る事ではないな。 では、ありがたく頂くとしよう」
「ちょっと待て! 神原はいつからそこに居た!? そしてそんな物を貰ってどうするつもりだ!?」
 僕のその至極当然にして全うな抗議に、神原はしっかりとその手に鋏を握り締めたまま僕に対して驚愕と疑惑に満ちた表情を向けてくる。
「何を言うんだ阿良々木先輩。 阿良々木先輩ともあろう方が、解らぬ訳もなかろう。 もちろん夜食のオカズにするのだ」
「そんな夜食があってたまるか! 神様が文明を滅ぼすために使わした天使や砂漠を流離う冒険屋じゃねえんだぞ!」
「ん? ああ、そうか。 なるほど、さすがは阿良々木先輩だ。 確かにこれほどの物を夜だけに使用するのは勿体無い。 ならば朝起きたときから昼の休み時間もと、時間があるときにはいつでも使わせていただくとしよう」
「違う! 僕は時間帯の事を言っているんじゃない! 使用方法に問題があるって言ってんだ!」
「五月蝿いわね。 神原に自分の体液が利用される程度で興奮するんじゃないわよ」
「これが興奮せずにいられるか!?」
「そうか、阿良々木先輩も興奮してくれるか! そうと解れば私もより一層発奮するというものだ」
「くっ」
 考えたら僕はこの二人を同時に相手にするのは初めてだった気がするが、元々一人一人でも手に余っていたというのに、まさかこの二人が一緒になる事でこうも僕にとって脅威になるのか。
 戦場ヶ原ひたぎと神原駿河。
 《ヴァルハラコンビ》は未だに廃れることなく健在だった。
「ほらほら、そこだけで盛り上がってないで。 いい加減に本題に入らないと読者のみんなが置いてけ堀になっちゃうよ」
 そんな助け舟を出してくれたのは眼鏡に三つ編みと、絶滅寸前貴種に指定されそうな委員長の中の委員長、羽川翼だった。しかし羽川、突っ込むならもっと別のことを突っ込んでくれ。そして僕の身の潔白を示してくれ。
「っていうか、羽川。 お前がそういうメタ発言するって言うのが凄い違和感あるんだけど」
「仕方ないでしょ、今回の企画がそうい物なんだから。 どうしたって、そういう発言をしなきゃいけないよ。 大体これを書いてる作者なんか私のキャラをいまいち掴めてないって状態なもんだからところどころで歪が出来ちゃってるし」
 それは、物語を書く者としてはどうなんだ? 二次創作を書くって言うなら、きちんとオリジナルのキャラクターくらい把握しておくべきだろうし、把握できていないというなら書くべきでは無いだろう。それは最低限の礼儀であり礼節だろう。
「だから僕は嫌なんだ。 大体アニメ化記念って、その情報が出回ったのはどれくらい前だと思ってるんだよ。 もう公式ホームページすら立ち上がってるんだぞ。 今更の上にこんな中途半端なことしてどうしようってんだよ」
「仕方ありませんよ、ドララ木さん」
「僕は青ダヌキロボットの小型量産機じゃない」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ……」
「噛みまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「紙食った」
「読まずにか!?」
 当たり前のようにここに居る八九寺と、いつものやり取りを済ませたお陰で少しだけ僕の心に平穏が戻った。
 どうやら僕は小学生との会話が無ければ精神を平常に保てなくなったようだ。かなり重症だった
「で、仕方ないって何でだ? 八九寺にしては随分と甘い意見じゃないか。 それともそれもまだキャラクターを把握しきれてないせいで生じる歪みのせいって言うのか」
「いえいえ、ただ阿良々木さんとお知り合いになってからというもの、私の心は広くなっていっるのです」
「ほう、つまり僕の影響って訳だ。 神原の言葉じゃないけど僕も中々棄てたモンじゃないな」
「ええ、おかげで今では小学生の胸を揉んだり、後ろからいきなり抱き着いて頬擦りするような高校生に対しても寛容に接することが出来るようになりました」
「なに? そんな奴がいるのか? 八九寺、僕はお前のことが好きだから言うが、いくらお前が心が広くなったとしても、そういう輩は許しちゃ駄目だぞ。 そんな変態ってのは勘違いしてどこまでも増長していくんだからな」
「いえいえ、その人は友達の居ない寂しい人なので、せめて私くらいは友達の振りだけでも演じて上げねばなりません」
「僕らの友情は紛い物だったのかよ!?」
 ついに自分から声を出して認めてしまった。
 僕は自分がロリコンだなんて思っちゃいないが、それでも過去に僕が八九寺に対して不慮の事故として、あるいは、まあ僕自身の意思で行ったと言われても、あえて反論は控えないでもない行いがあったことは認めるのもやぶさかでもない。
 何だかこれは僕のキャラじゃなくて《ぼく》のキャラな気がするが、これもキャラを掴みきれてないせいなのだろうか。
「ふーん、しかし随分と大所帯になったもんだな。 キャラを把握しきれてないってんなら少数でやれば良いものを、何だってこんなにかき集めてきたんだ。 登場人物の半分以上が揃ってるじゃないか。 こうなると千石や忍野の奴が何で居ないのかの方が気になってくるぞ」
「そのうち出てくるんじゃないかしら? それとも、あの人たちのキャラは完全に把握し切れてないから出さない気かしらね。 本当に恥知らずが過ぎるわね。 もしかして『恥』って言葉が解らないのかしら。 だったら仕方ないわね、きっと自分で書いておいて読めすらしないのでしょうね。 ルビでも振っておいて上げましょうか『あららぎ』って」
「そんな読み方聞いた事もねえよ!」
「仕方ないわよ。 あららぎ君ですもの」
「そして、当然のように使い続けるな!」
ごめんなさい、阿良々木君。 阿良々木君に構って欲しくて、ついからかってしまうの煩いわね、阿良々木君の分際でこの私に口答えしないでくれる。 やっぱり舌を切り落としたほうが良いのかしら
「せめて、本音を下に隠してくれ!」
 視聴者は、そして読者はこれも照れ隠しだとでも思うのだろうか。この女の言動をツンデレなんて評価するのだろうか。
 それは大いなる勘違いだ。見る目が無いと言わせてもらおう。この女は本気で僕を虐めて楽しんでいるんだ。
「ねえ、いい加減にアニメ化の話に入らない?」
 羽川の言葉でようやく今回の本題を思い出した。
 話が脱線しすぎだ。何で羽川が呼ばれたのかは分かった気がする。
「でもなあ、アニメ化って言われても何を話せば良いんだ? しかもわざわざ僕らが。 大体、今更だろう。 ほとんど語りつくされて、僕らがわざわざ語るような事なんて何も残ってないんじゃないのか」
「そうでもないぞ、阿良々木先輩。 私が事前にリサーチした所エロイ事はほとんど語れてなかった」
「何でアニメ化にエロが必要なんだよ!」
「何を言う、阿良々木先輩。 最近のアニメは子供向けですらエロさが強調される風習にあるのだぞ。 むしろエロが強調されていないアニメ化なんて無いと言っても良い。 だからきっと、この作品もアニメ化する際は間違いなくエロくなる。 具体的に言えば、阿良々木先輩が私の猿を治そうとする方法が房中術的なものになっていたりとか」
「それはただのエロアニメだ! 原型が残ってないだろうが!」
「では、カメラワークが常に阿良々木先輩の視線とか」
「僕の視線が常にいやらしいみたいに言ってんじゃねえ!」
 僕も健全な高校生男子として、まったくそういう所に視線が行かないと言えば嘘になるけど。
 いや、だって全く見ないほうがおかしいだろ。
「それに例え、アニメ化でエロくならないなんていう万が一の不測の事態が起きてしまったとしてもだ、アニメ化されてメジャーになればエロイ話を書く人も増えるのではないのか。 そうなった時の対策を考えておいて損は無いと思うぞ」
「なんでお前はそんなにエロに拘るんだよ」
「他に何を語れというのだ、阿良々木先輩。 前にも言ったが私はエロイこと以外話したくは無いぞ」
「ああ、確かに言っていたな」
 そしてまさか、その後も本当にソレを忠実に守り続けるとは思わなかったよ。
 もしかして、本当に神原がエロイんじゃなくて、女の子というのはこのくらいの話題は普通なのだろうか。前々から指摘されていた事だが、ただ単に僕自身の女性というものに対する偏見を持ってしまっているだけなのだろうか。
「それにな、阿良々木先輩。 今のうちから対策を打っておけば、自分たちの望むシチュエーションでのエロが作られる可能性も十分にあるのだぞ。 これは棄てておくには惜しい可能性だとは思わないか」
「って、思うか! 僕の女性幻想なんて問題じゃなくて、きっぱりとお前はエロイぞ!」
 神原はオープンなだけだと言うが、こんなにオープンな時点で既にエロイだろ。思うなとは言わないが、せめて隠してくれ。
「私は隠し事が嫌いなんだ」
「限度ってもんがあるだろうが。 何でも晒け出しゃあ良いってもんじゃねえぞ」
「私としては全て脱ぎ去りたいくらいの気持ちだ」
「それはただの露出狂だ!」
 なんか、アニメ化話しなんてどうでもいいから、このまま神原とお喋りしていた気分だ。やっぱ、この後輩は楽しすぎる。
「やはり私は阿良々木先輩と忍野さんの廃墟でのカラミは外せないと思うのだが」
「ああ、確かに外せないな! 封印指定対象として!」
 訂正だ。さっさと打ち切りたい。
「しかし、最近では百合なんかが流行っているというし、ならば私と戦場ヶ原先輩とのカラミは必ずあると思うのだが、阿良々木先輩はどう思う?」
「そんな事を、先輩の彼氏に聞いてんじゃねえよ!」
「あとは近親モノも人気が高いというから、やはり阿良々木先輩の御兄妹には頑張っていただく事になるのではないかと思う」
「そんな可能性は絶対にねえよ! 大体、アイツラはほとんど出てきてないんだから、使われる訳がねえだろ!」
 しかし、僕のその真っ当で切実な反論に対して神原は、この後輩には決してあり得ないような嘲るような笑みで答える。
「甘いな、阿良々木先輩。 そういう人種の妄想力という物を完璧に侮っている。 やれやれ、阿良々木先輩ともあろう方が物事を正確に把握しきれないとは珍しい事もあるものだが、考えてみれば以前からこういう方面は苦手としているご様子だったか。 ふふ、やはり阿良々木先輩といえども苦手分野というものが存在するのだな。 私はなんとなく嬉しいぞ、尊敬する人物の意外な弱さを知ることが出来るというのは、それだけその人物との距離が縮まっているという事なのだからな。 しかもそれが自分が得意とするジャンルともなれば尚更だ。 普段上に仰ぐしかない相手に対して、何かを教えることが出来るなど無上の喜びだ。 ふふ、実に胸が躍る。 これは阿良々木先輩には責任を持って、この狂喜乱舞して止まない胸をしっかりと押さえつけてもらわねばなるまい」
「お前の胸は別個の意思で動いてるのか」
 どうやら神原には猿なんかよりもよっぽど厄介なものが憑いているらしい。
 確かに激しい運動をすれば踊りだしそうな胸ではあると思うけど……って、僕は可愛い後輩を何て目で見てるんだ。うん、これも絶対僕のキャラじゃない全ては把握し切れてない作者のせいであって、僕もまた哀れな被害者の一人なんだ。
「良いか、阿良々木先輩。 あの手の者たちにとっては、描写の多少など問題ではないのだ。 そこにそういう妄想を掻き立てられればそれで十分すぎるのだ。 そういう妄想をした時点で、その作品は既に完成しているんだよ」
「奴らは既にプロなのか!?」
 ってか、本当にプロでもそんな事はあり得ないんじゃないのか。もし、そうなら締め切りなんて言葉は必要なくなりそうな気がする。
「んー、でも神原さんが言う事も一理あると思うよ。 アニメ化すればより多くの人に触れる機会が増えるんだろうから、そういうモノも出てくる可能性はゼロじゃないんじゃないかな。 まあ、だからって言って私達に出来る事なんて、せいぜいそういう妄想をされないように言動に注意するくらいだけど、それもどうしようもないだろうからねえ。 覚悟だけは決めておいたほうが良いかも」
「……羽川。 神原のエロトークを真剣に吟味するんだよ。 こちうは絶対そんな事まで考えずに言ってるだけだぞ」
「駄目だよ、阿良々木君。 相手の言葉をそんな風に軽く受け止めちゃ。 それに例えそうであっても、その言葉からちゃんと考えてあげるのが先輩である阿良々木君の役割でしょ。 きちんとしなさい」
「はいはい。 わかったよ」
「阿良々木君、『はい』は一回だよ」
「はい、解ったよ」
 本当に躾けられてる気分だ。
 映像化された際には、飼い主と飼い犬みたいな描写をされそうで軽くヘコむ。
「ああ、そういえば映像化といえば、これはそれこそ散々言われてる事だけど、文章でしか出来ない表現はどうするんだろうな」
 僕たちの話に限らず、西尾維新作品全般に言われている映像化の最大にして最難の問題点。本の段階では魅力であるはずのソレが、魅力であるが故に映像化という変化に対する悩みの種だ。今回のコレにだって、ワザとらしいまでにその手の表現が振りまかれている。
「そう、深く気にしなくても良いんではないでしょうか。 文章でのみ出来る表現に私はそこまで拘る必要は無いんじゃないかと思いますよ。 アニメ化はそもそも文章では出来ない表現をする事、、、、、、、、、、、、、、に魅力があるわけですから、それを本でこそ出来る魅力のために差し引いてはそれこそ本末転倒というものではないでしょうか」
「ほう、珍しく真っ当な意見を言うじゃないか」
「阿良々木さん、『真っ当な』は余計ですよ」
「いや、お前は確かに人見知りだけど、結構お喋りじゃん」
 しかも、本編で一番文字でしか出来ない表現で話してるし。
 んー、でも八九寺との楽しい会話が幾分勢いを失うと考えると、やはり寂しいものがあるな。
 もちろん、八九寺が言っている事も解るけど、正論がいつでも諸手を挙げて歓迎されるわけでもない。それが今の所のこの作品のアニメ化に対する読者の基本スタンスでもあるようだ。
 期待と不安、不満と喜色。
 まあ、考えてみればそんなのは新しい事を始めるときには必ず付いて回ることなのだから、それほど特別でもないのかもしれない。やっぱり過敏になりすぎなのだろうか。もっと気楽に構えて待っているべきなのだろうか。
「でも、マイナスな面ばかり考えていても仕方ないってのは頷ける話だよな。 折角なんだからもっと、アニメ化の明るいプラス方面の事を考えてみようぜ」
「何を言う、阿良々木先輩。 プラス方面なら既に話しただろう」
「黙れ、僕が言ってるのは健全なものだ」
「私は明るい健全なエロスを求めるものだ。 むしろ私たちの年代でエロスを求めない方が不健全ではあるまいか」
「そうであったとしても、お前のは明らかに過剰すぎる」
「うむ、それだけ私はその使命に燃えている」
 そう胸を張っていう神原の姿勢はとても勇ましかった。
 その思想は浅ましい事この上ないはずなのに。
「しかし、阿良々木先輩。 そもそもエロイこと以外にプラス方面の話題なんてあるのだろうか?」
「一杯あるだろ! 動きが付くとか! 声が入るとか! 音楽で雰囲気が作られるとか!」
「ふむ、言われてみればその通りだ。 いや、さすがは阿良々木先輩は慧眼だな。 確かに文章の絡みも良いが、より直線的な映像というのも悪くは無いだろうし、喘ぎ声なんかは断然あるべきだろう。 音楽によってより淫靡な雰囲気が出るのも忘れてはならない要素だったな」
「エロから離れろ! なんで何もかもエロに直結するんだよ! お前の頭の中の変換機はどうなってんだ!?」
「ソレは違うぞ、阿良々木先輩。 私は別に何も変換していない。 この世にはエロスが満ち溢れているというのに、他のみんなが変換して、その事に気付かないようにしているだけだ」
「お前のエロさを世界のせいにするな! そんなのはただの言い訳だ! 自分の事は自分で責任を持て!」
 表現の問題もあるが、こいつのエロさも公共の電波で流して良いものなのだろうか。それとも神原の言うように、昨今のアニメ事情では神原のエロさなんてそれほど問題にならないというのだろうか。それはそれで何だか嫌な話だ。
「阿良々木君、別に公共の電波で流れるとは限らないわよ。 世の中にはOVAというものもあるわけだし、もしかしたらネット配信限定なんていう狭いんだか広いんだか解らない形という事も十分にありえると思うわ」
「ん、ああ、そうか、確かに戦場ヶ原の言うとおりだな。 別にアニメったってTVだけじゃないんだよな。 そういや、そこら辺の情報も全く無いわけか」
「ええ、このまま企画倒れという可能性も十分にあると思うわ」
「嫌な事言うなー!」
 それは本当に最悪なパターンだろ。
 多分、あまりアニメ化を快く思ってない人達ですら、怒り出しかねない。
 でもなあ、それは絶対に無いなんて言い切れるような根拠が無いのも事実なんだよなあ。未だに何の情報も開示されてないわけだし。このままずっと未定のままで終わる可能性も無視できるものでもないのか。
「さて、それではオチもついた所でそろそろお開きの時間ね」
「こんな最悪なオチがあってたまるか!?」
「お相手は私、阿良々木くんに部屋に押しかけられて裸を見られた薄幸の美少女、作品に対してもツンデレな戦場ヶ原ひたぎ」
「違う! お前のは純度百パーセントの悪意だ!」
「明るく健全なエロスのアニメを求める、阿良々木先輩の欲求の捌け口たる神原駿河」
「確かにお前と話してるのは楽しいけど、明らかに僕に対するイメージを損なう誤解を招く言い方するな!」
 っていうか、え?
 何か締めに入ってるけど、本当にコレでおしまい?
 あのオチで?
 っていうか、これじゃあアニメって言うかラジオじゃん。
「阿良々木さんにお腹に容赦ない攻撃を受けて、抱きつかれ胸を揉まれた小学生、八九寺真宵」
「とんでもない高校生だな、その阿良々木さんという奴は」
 別に高校生とは言っていないのに、僕は確信を持ってその阿良々木さんが高校生である事を断じた。
 なぜなら、僕は高校生だったから。
「えーと、ちょっと真面目なだけが取り柄の普通の女の子だけど、阿良々木君に胸を揉んでと自発的に言わされた羽川翼」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 謝った。全力で謝った。この件に関しては何の誤魔化しも暈しも無く謝るしか出来なかった。
 お前らは揃って僕を貶めるつもりかとか、羽川はそんなこと言うキャラじゃないだろとか、そんな突っ込みすら出てこない。突っ込みを放棄なんて突っ込み役失格も良いところだけど、それよりも僕は羽川の友達失格になるほうが大問題だった。
「以上のメンバーでお送りしました。 それでは『アニメ・化物語』を期待してお待ちください」
「ちょっと待て! 一人忘れてるだろ! 僕にだって自己紹介させてくれ」
「おかしなことを言うわね。 裏方スタッフやBGMの紹介ならまだしも何故SEの紹介までわざわざしなきゃいけないのかしら?」
「SE!? 今までの僕の突っ込みは効果音扱いなのか!?」
 ショックだ。
 今までの毒舌の中でももっとも酷い部類だ。
 僕のアイデンティティを完膚なきまで貶めやがった!
「何を言ってるのかしら、阿良々木くん。 SEはとても重要なものなのよ。 どんなに作画が良くったって、声優が見事な演技を演じても、BGMが雰囲気を出しいても、SEが無ければ味気ないし、しっかりと嵌っていなければ気持ち悪いじゃない。全体を通してメリハリをつける、決して欠かす事の出来ない要素よ」
 む、そう言われれば悪い気はしない。何だか誤魔化されてると言うか騙されている気もするが。
 確かに僕の突っ込みはみんなのボケがあって初めて成立するものだし、それは物語の主核ではなく、物語を脱線しないように進行させるためのものであるわけだから、なるほど中々言いえて妙だ。
「つまり、映像化された際は人物や風景の説明をする地の文と同様に要らなくなる存在と言うわけね」
「僕にアニメに出るなって言うのか!?」
 アニメ化の話をする場でなんて事を言いやがる。メディアミックス展開する際に消えていくキャラってのは本当にいるんだから、シャレになってねえぞ。いや、いくらなんでも僕が消される事は無いとは思うけど、思いたいけど!
「飽きられないように意表を突いてくるかも」
「意表を突きすぎだろ! ただでさえ、このシリーズは他の作品と比べて登場人物が少ないんだからこれ以上削られてたまるか!」
 そして、真っ先に削除候補に挙げられちゃ堪らない。僕は僕が可哀想だ。きっとアニメ化してもこの扱いだけは変わらないのだろう。僕はアニメの僕も可哀想になってきた。
「そうね、『阿良々木暦』の役を演じなければならない声優さんも可哀想ね」
「何だか含みのある言い方だな。 まるで僕を演じる事で質が低下するかのように聞こえるぞ」
「失礼ね。 わざわざ含んだりしてないわよ」
「失礼なのはお前だ! ちっとは僕を可哀想に思わないのか!?」
 本当に、こいつは僕に対しては礼儀よりも冷気のほうが圧倒的に勝っている。
 親しき仲ほど冷気あり、だ。
 …………。
 全霊を持って甘えてくる、ねえ。
「ほらほら。 折角纏めに入ったのに、また長引いちゃったよ。 仲が良いのは大変結構だけどイチャイチャするのは番組が終わってからにしてくれないかな」
「イチャイチャって……」
 どう見たって僕が虐められているだけだろ。
 学級委員長としてクラスのイジメを注意とかする場面だろ。
 羽川、誰にでも公平であるお前がイジメを看過するなんて!
「阿良々木くんのせいで、まるで私たちが仲が良いみたいに見られたじゃない」
「戦場ヶ原。 実はおまえ、僕のこと嫌いだろ」
「そんな訳無いじゃない。私が阿良々木くんのことを嫌いになるなんて、阿良々木くんが私の手の内から逃れるくらいありえないわ」
「なんか怖いぞ、それ」
 そもそも手の内に収めている間は嫌われていないんだろうから、そりゃあおんなじくらいの確立だろう。それとも嫌いになったら、今度は本格的に陥れるつもりだろうか。そんな事をされれば、僕は確実に精神的にも社会的にも抹殺される。今だって半殺しくらいにはされている。
 いや、違うな。戦場ヶ原は嫌った相手にわざわざ関わり合いを持とうとするような、煩わしい真似はしないだろう。それこそ風景の一部として存在を抹消されるだけだ。精神的にも社会的にも生かされていても、戦場ヶ原の世界では殺されている。
 それならば、確かにこうして虐待してくる間は嫌われいない証拠なのだろう。なんとも、複雑な想いだが。
 想いが重い。
 おもしがに。重石蟹。
 それもまた、皮肉な話か。
「さ、コレで満足でしょ。 十分阿良々木くんという人物がどういう人間かは紹介できたはずよ」
「え、今のは僕の自己紹介だったのか?」
「私たちの自己紹介のも含めれば完璧ね」
「アレには悪意と策意しか感じられなかったぞ!?」
 明らかに『阿良々木暦』という人物に対してあらぬ誤解を植えつけるような情報しか与えていない。
 それも、すべてが嘘ではないと言うのが、曲者だ。
「ほら、阿良々木くん。 最後にシメなさい」
「は? 僕が?」
 SE扱いなのに?
「番組によっては最後になるSEってあるでしょ」
「SE扱いなのは変わらないのかよ」
 しかし、とは言っても、こういうまとめってのは苦手なんだが。それこそ委員長の中の委員長である羽川がまとめた方がよっぽど綺麗にまとまって良いのではないだろうか。
「んー、そんな事は無いと思うけどね。 やっぱ最後は阿良々木くんが纏めるべきだと思うよ。 みんなそれを望んでると思うし」
「みんなって誰だよ」
 見ず知らずの人間の望みにまで答えないといけないのか。
 最後の最後にえらい役割を押し付けられたものだ。
「アニメスタッフに掛かってる重圧よりは随分とマシでしょ」
「ここでそんなものを引き合いに出されても」
 どんなフォローだ。
 そして、誰に対するフォローだ。
「ほら、阿良々木くん。阿良々木くんが締めないといつまでも終わらないよ」
「ああ、分かったよ。 嫌になるくらい十分に」
 早く終わらせないと僕が苦痛を味わうだけだって事が。
 この時間を終わらせることが出来ると言うのなら、僕は喜んでこの大役を引き受けようではないか。
「それじゃあ、こんな感じのメンバーで送る、アニメ『化物語』どうぞお楽しみに」
「捻りが無いわね」
 速攻で駄目だしされた。
 あらかじめ用意していたんじゃないかと疑いたくなる迅速さだ。
「こういうのは捻ったって仕方ないじゃん!」
「そうね。 じゃあ、面白味が無いわね」
 反論したら余計酷くなるシステムはここでも健在なようだ。
 いや、僕だってこんなんで良いとは思わないけど、他に言い様が無いじゃん。そもそも、このメンバーだって正確に性格をトレースしているとは言いがたい訳だから、何の参考にもなってない。
「と言うか、そもそもこんな話を読んでいる人達は、もう既に原作を読んでるんでしょうから、今更紹介なんて何の意味も無いのよね。 おまけにこんな出来じゃあここまで読んでる人も果たしてどれだけ居るのやら」
「最後の最後で身も蓋も無い事言いやがったな」
 だけどまあ、その通りだ。だから、僕は最初から気が乗らなかったんだ。折角のアニメ化なんていうめでたい話題のときに、これはないだろ。まったくもって愚かな試みだったとしか表現できない、この話を一体どのように締めろと言うのか。
 ああ、もう何か締めるのを諦めても良いような気がしてきた。最近は割りと投げ放しっていう終わり方も流行ってるってみたいだし。
 うん。そうしよう。何も全ての物語に締めがあるわけじゃない。
 そもそもコレは『愚かな物語』ではなく『愚か者の語り』だ。
 書いてる作者も、そして参加させられている僕らも何も考えず思うことを語るだけの愚か者たちだ。
 ならば、愚か者が小賢しくもきちんと締めようと言うほうが筋違いだ。愚か者はえてして筋を違える者なのだから。
 だから、この語りはこのまま終わろう。何のオチも無く、愚か者たちはただ降ろされる幕によって舞台から姿を消そう。
 次に幕が上がるときを夢見ながら。



寝言
アニメ化は不安もありますが結構楽しみです。
と言う訳で、アニメ化が決定したと聞いて書いてみました……が、今更の完成! というか晒し!
どれくらい今更なのかは読んでいただいた方にはお分かりでしょう。
アニメ化がTVアニメとは限らない? いいえ、TVアニメ化って公式HPに書いてあります!
ファイヤーシスターズは出てきてない? 偽物語で活躍です!
今更、晒すなんて本当に恥知らずも良い所ですが、折角ですから。
それにしても、偽物語とネタが被っていてびっくり。何に一番びっくりって、ネタが被っていた事じゃなくてその深さの違い。当然と言えば当然だけど、ここまで違うとさすがに凹む。
まあ、今回は化物語のキャラクター把握のための練習って事で、今後も出来れば彼らを書いていきたいと思います。
……あれ? 作文?



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